日経サイエンス  2022年7月号

特集:ウイルスと原始生命

試験管で再現したRNA生命体の進化

中島林彦(編集部) 協力:市橋伯一

現在見られる生物が登場する前,遺伝情報(生命の設計図)をDNAではなくRNAに収めた生命体が繁栄していたとの仮説がある。RNAが遺伝情報の保持と自己複製の両方を担っていた生命体が原始地球で誕生し,それが進化するうちに,現在の生物の祖先となるDNA生命体が登場,生存競争に敗れたRNA生命体は地上から姿を消したという「RNAワールド説」だ。

東京大学教授の市橋伯一が関心を持つのはRNAワールドの出発点となるRNA生命体が誕生して進化を始める頃の話だ。「ただの分子であるRNAがどうやって生き物へと進化したのか。何がどういう順番で起きたのか,だれにもわかっていない」(市橋)。そこで原始生命体を模したRNAが自己複製を繰り返す実験系を作り,それが試験管の中でどう進化するかを調べてきた。

この10年間の試験管実験で得られた興味深い知見は「寄生体」が進化を駆動し,加速させていた可能性だ。実験を進めていくと,RNA生命体に寄生して増えるRNAが自然発生し,この寄生体RNAとRNA生命体が互いに競争するように進化していった。一方,現在の地球には生物を上回る数のウイルスが存在し,あるゆる生物に寄生している。こうしたウイルスと生物の関係の起源はRNAワールドまで遡るのではないかと市橋は考えている。試験管を原始地球に見立てたRNA生命体の進化研究の最前線を紹介する。


続き日経サイエンス2022年7月号にて

市橋伯一(いちはし・のりかず)
東京大学教授(大学院総合文化研究科先進科学研究機構)。専門は進化生物学。試験管実験で生命の起源と進化を研究している。

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生命の陸上起源説」,M. J. ヴァン・クラネンドンクほか,日経サイエンス2018年3月号。別冊日経サイエンス235『進化と絶滅』に収載。

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