日経サイエンス  2022年6月号

特集:時空の起源

創発する時空  量子情報がもたらしたパラダイム

A.ベッカー(サイエンスライター)

物理学において,重力を説明する最善の理論は一般相対性理論だ。アインシュタインが,空間と時間が物質によってどのように歪むかを記述した有名な理論である。それ以外のすべてを最もよく説明するのが量子力学で,物質やエネルギー,素粒子の性質を驚くほど正確に記述する。どちらの理論も,過去1世紀にわたって物理学者が考え出してきたあらゆる検証実験にやすやすと合格した。

この2つの理論を合わせれば量子重力理論,すなわち「万物の理論」が得られると普通は思うだろう。しかし,この2つの理論は相性がよくない。量子論の文脈で何が起こるかを一般相対論に問うと計算のあちこちに手に負えない無限大が飛び出してきて,意味のある答えが得られない。

その一因は,2つの理論における空間と時間の扱いにある。量子力学は空間と時間を不変のものとして扱うが,一般相対論は両方ともあっさりとねじ曲げてしまう。量子重力理論では,空間と時間についての考え方の違いに折り合いをつける必要があるだろう。

1つの方法は,空間と時間をもっと基本的なものから創発させることによって,この問題を解消することだ。近年,異なる系統の複数の研究によって,最も深いレベルの現実においては,空間と時間は私たちの日常世界と同じ形では存在しないことが示唆されている。

ひも理論の研究者たちが正しければ,空間は量子もつれによって作られる。時間もそうかもしれない。だが,それは実のところ何を意味するのだろうか。物体そのものがどこかに存在するのでなければ,そうした物体の量子もつれから空間が「作られる」ことがどうして可能なのだろう。それに物体が時間変化を経ずにどうやって量子もつれになれるのか。そして,身をおくべき空間と時間が存在していない状況で,物体はどんな形で存在しうるというのか。これらの問題はほとんど哲学だ。

続き日経サイエンス2022年6月号にて

著者

Adam Becker

米国立ローレンス・バークレー研究所のサイエンスライター。ミシガン大学で宇宙論のPh. D.取得。著書に量子論の歴史の裏側を描いた『実在とは何か ―量子力学に残された究極の問い』(筑摩書房)がある。New York Times,BBCなどに執筆。

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原題名

The Origins of Space and Time(SCIENTIFIC AMERICAN February 2022)

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