日経サイエンス  2022年5月号

古代ギリシャの天文計算機 アンティキテラの機械

T. フリース(英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ)

1900年のこと,金属ヘルメットと分厚いズックの潜水服をまとったスタディアティス(Elias Stadiatis)という名の男が浮上し,恐怖に震えながら「裸の死体の山」についてヘルメット越しのくぐもった声で語った。彼は東地中海のシミ島から仲間とともにカイメンを探しに来たギリシャの潜水夫で,一行はその数日前に激しい嵐のためクレタ島と本土の間にあるアンティキテラ島という小島に退避した。嵐が収まってカイメン採りに潜り,古代ギリシャの財宝を積んだ難破船を偶然に発見したのだった。それまでに見つかったなかで最も重要な古代の難破船だ。「裸の死体」は海底に散らばる大理石の彫像で,ほかにも多くの工芸品が発見された。これを機に,史上初の大規模な水中考古学調査が始まった。

 

回収品のなかに,大判の辞書ほどの大きさの塊があった。当初は他の興味深い品々のなかにあって注意を引かなかったが,数カ月後に収容先のギリシャ国立考古学博物館でこの塊が割れ,青銅でできたコイン大の精密歯車がいくつか現れた。当時の歴史知識によるとそうした歯車は古代ギリシャには存在しなかったはずで,難破船の時代から何百年も後まで世界のどこにもないはずだった。この発見は大きな議論を呼び起こした。

 

「アンティキテラの機械」と呼ばれるこの遺物は,歴史学者と科学者を120年以上にわたって困惑させてきた。当初の塊が数十年の間に82の破片に分かれ,これを元通りに組み合わせるのは恐ろしく難しいジグソーパズルとなった。この装置は非常に複雑な機械式の天文計算機だと考えられる。これまでにその仕組みに関してかなりのことがわかったが,未解決の謎も依然として残っている。難破船の年代は紀元前70年から同60年の間と決定されており,この機械が作られたのがそれ以前であることは確かだが,他の証拠を考え合わせると紀元前200年ころに製造されたとみられる。

 

私たち英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのアンティキテラ研究チームは2021年3月,この機械に関する新たな分析結果を論文発表し,それまで未解決だった装置の前側半分にある歯車機構について新たな説明を提唱した。装置の精巧さをさらに強く印象づける結果で,古代ギリシャの技術に関して私たちが抱いてきた多くの思い込みを問い直す形となっている。

 
続きは日経サイエンス2022年5月号にて

著者

Tony Freeth

数学者・映画制作者で,英ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジのアンティキテラ研究チームの創設メンバー。2000年からアンティキテラの機械に関する研究に取り組み,映画や講演を通じて成果を世に紹介してきた。

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2000年の眠りから覚めたギリシャの計算機」,T. フリース,日経サイエンス2010年3月号。

原題名

Wonder of the Ancient World(SCIENTIFIC AMERICAN January 2022)

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