日経サイエンス  2022年4月号

高エネルギー物理実験の限界を打ち破る プラズマ航跡場加速

C. ジョシ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)

20世紀初頭,科学者はこの物理世界を形作っている基礎単位に関する知識をほとんど持ち合わせていなかった。だが20世紀末までには,観測される物質の基礎となっているすべての元素だけでなく,この宇宙と地球,私たち人間を作り上げているさらに基本的な粒子がたくさん発見された。この革命的な前進を可能にしたツールが,粒子加速器だった。

粒子加速器がもたらした成果の頂点は,長く探索されていたヒッグス粒子を大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が2012年に発見したことだ。LHCは周長27kmのリング状の加速器で,これまでに建造された科学装置のなかで最大にして最も複雑,そしておそらく最も高価な装置だ。 ヒッグス粒子は素粒子物理学の支配的な理論である「標準モデル」の枠組みのなかで未確認のまま残っていた最後の粒子だった。だがその発見から10年近くがたったのに,LHCや他の加速器にさらなる新粒子が出現した例はない。

存在する粒子をすべて発見し尽くしたのだろうか? そうではなかろう。標準モデルは暗黒物質(ダークマター)を説明していない。目には見えない暗黒物質粒子が宇宙にあまねく存在しているはずなのだ。標準モデルを拡張した有力な考え方である「超対称性理論」は,未知の粒子が数多く存在することを予言している。物理学にはほかにも深遠な未解決問題が残されており,それらの謎を解くには現在よりももっと強力な粒子加速器が必要になるだろう。 

多くの科学者が支持している計画に「国際リニアコライダー(ILC)」がある。だがあいにく,現在のILC構想は全長約20kmの施設を要し,建設費は100億ドルを超えると見積もられている。あまりに高額であり,建設ホスト国に名乗りを上げた国はまだない。 

これらの超巨大でお金のかかる装置とは別の選択肢がある。1980年代以降,物理学者は従来とは別の概念に基づく衝突型加速器の開発に取り組んできた。一例が「プラズマ航跡場加速器」というタイプで,テラ電子ボルト級の衝突型加速器を現在の技術に基づく装置よりもずっとコンパクトに,そしてずっと安く実現できる可能性がある。 

(続きは2022年4月号を)

再録:別冊日経サイエンス254『SFを科学する 研究者が語る空想世界』

著者

Chandrashekhar Joshi

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の電気工学の卓越教授。同校のレーザー・プラズマグループを率いている。米国物理学会の「プラズマ物理学のためのジェームズ・クラーク・マクスウェル賞」を受賞。

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プラズマの波に乗れ 卓上加速器」,C. ジョシ,日経サイエンス2006年6月号。

原題名

New Ways to Smash Particles(SCIENTIFIC AMERICAN July 2021)

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