日経サイエンス  2022年4月号

特別解説:ブタの心臓 異種移植成功

中内啓光/水谷英二/加納麻弓子(いずれも東京大学)

2022年1月10日,米メリーランド大学が遺伝子改変ブタの心臓を末期心臓疾患の患者さんに移植することに成功したと発表しました。種を超えた臓器の移植は「異種移植」と呼ばれ,異種移植が実際の治療に用いられたこの衝撃的なニュースは社会に大きなインパクトを与えました。

この患者さんは人工心臓が使用できず,生体ドナーからの心臓移植の適応条件からも外れていました。今回の異種移植以外には助かる見込みがない状態であったことから,米食品医薬品局(FDA)が特別に緊急承認した経緯がありました。

現代の医学では有効な治療方法がない末期臓器不全に苦しむ患者さんにとって,臓器移植は唯一の解決手段であり希望です。しかし,生体ドナーからの移植臓器の数には限界があり,多くの患者さんが臓器移植の望みが果たされぬまま死亡している現実があります。ヒト以外の動物の臓器を移植臓器として用いる異種移植は,臓器不足を解決する新たな治療方法となることが期待されます。

異種移植の歴史は古く,100年以上前にヒト以外の動物から腎臓移植を行った研究報告もあるほどです。当時は現代のように有効な免疫抑制剤や遺伝子編集技術はなかったため,異種移植は無謀な実験でした。当初,異種移植のドナーとして系統的にヒトに近いサルからの臓器移植が盛んに研究されていました。しかし,サルは臓器サイズがヒトよりも小さく,倫理面での懸念やヒト・サル間の種を超えた感染症の危険性,繁殖の難しさがあり,サルを用いた移植実験は次第に下火になっていきました。

サルに取って代わったのがブタからの異種移植です。ブタの臓器サイズはヒトと同じ程度で生理学的にもヒトに近く,さらに繁殖が容易なことから,臓器ドナーの候補となりました。

ブタはヒトとの共通点が多く移植臓器に適しているとはいえ,臨床応用に向けては高いハードルを幾つも乗り越えなければなりません。なかでも,拒絶反応と感染症は重大な問題でした。


著者

中内啓光(なかうち・ひろみつ)/水谷英二(みずたに・えいじ)/加納麻弓子(かのう・まゆこ)

中内はスタンフォード大学医学部幹細胞生物学・再生医療研究所教授。2017年に東京大学を定年退官したが特任教授として現在も医科学研究所で研究を続けている。2019年,長年の血液学の夢であった血液の幹細胞を試験管内で増やすことに成功。大学院時代より一貫して基礎科学の知識・技術を臨床医学の分野に展開することを目指している。

水谷は筑波大学准教授。東京大学医科学研究所特任研究員を兼任。顕微授精,体細胞クローンなど発生工学技術を用いて,個体発生メカニズムの解明や新たな疾患モデル動物の作製に取り組んでいる。

加納は東京大学医科学研究所特任研究員。内分泌器官の再生医療について研究している。

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