日経サイエンス  2022年3月号

特集:激化する気象災害

燃えるアラスカ 北極圏に広がる森林火災

R. ジャント A. ヨーク(ともにアラスカ大学フェアバンクス校)

2019年6月5日,異常に早い春の嵐による落雷のため,アラスカ州南部のキナイ国立野生生物保護区の奥で火事が発生した。雨の多かった春が5月末の高温によって一変し,森の地表面が急速に乾燥した。アラスカ州スターリングの北東約8kmで生じたこの「スワンレイク火災」は,異常に暖かな天気が続いたこともあって延焼を続けた。7月9日までに4万ヘクタール以上が焼け,400人以上が消火活動にあたった。8月17日には強風で延焼方向が変わり,多くの人々が避難した。この風で送電線が切れて火花が散り,新たな火災がいくつか発生した。「デシュカランディング火災」や急速に燃え広がった「マッキンリー火災」などで,住宅や店舗,納屋など130棟以上がのみ込まれた。幸い死者は出なかった。

スワンレイク火災は10月まで燃え続け,例年よりも多い雨のおかげもあってようやく鎮火したものの,約6万7600ヘクタールが焼失した。その5カ月間,州警察はこの地域で唯一の幹線道路であるスターリングハイウェイを何度も閉鎖しなければならなかった。肺を傷つける微粒子を含む煙が漂い,アラスカの人口の60%が居住する州南部中央域で保健当局が6~8月に注意報や警報を発した日数は全日数の1/3に上った。同シーズンの観光関連産業は例年に比べ20%の減収となった。

冬の雪と寒さで新たな山火事の発生は止まったものの,2020年1月,スノーモービル用のコースを整備していた作業員がデシュカランディング火災の焼け跡で煙が出ていると報告した。駆けつけた消防隊は,火が完全に消えていなかったことを確認した。地下で4カ月間くすぶり続け,積雪の間から再び姿を現したのだ。その後気温が上がって6月に再び乾燥すると,スワンレイク火災の焼け跡で煙が上がっているという報告が入った。冬から春にかけて8カ月間くすぶっていたものが再燃したのだ。

気候変動によってアラスカの山火事シーズンがより暑く長くなるにつれ,消えたと思ったのに再燃するこうした“ゾンビ火災”が激発している。アラスカ州とカナダ・ノースウエスト準州の火災管理当局は2005~2017年に48件のゾンビ火災(残留火災)を報告した。蘭アムステルダム自由大学のリモートセンシング専門家でアラスカ州の火災管理当局に協力しているショルテン(Rebecca Scholten)は衛星画像を見直し,報告されていなかった山火事をさらに20件発見した。この異常現象は高緯度北方域全体で起こっており,2020年3月と2021年3月にシベリア北部で発生した極端に早い時期の山火事はこの埋火が原因だ。

再録:別冊日経サイエンス258『激動の天と地』
再録:別冊日経サイエンス262『気候危機と戦う 人類を救うテクノロジー』

著者

Randi Jandt / Alison York

ジャントはアラスカ大学フェアバンクス校の国際北極圏研究センター(IARC)およびアラスカ火災科学コンソーシアムの火災生態学者・野生生物学者。ときには山火事の消火活動にも加わっている。ヨークは国際北極圏研究センターの研究者でアラスカ火災科学コンソーシアムのコーディネーター。

関連記事
とける永久凍土」,T. シューア,日経サイエンス2017年4月号

原題名

Alaska Burning(SCIENTIFIC AMERICAN October 2021)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

ゾンビ火災ダフ(粗腐植)永久凍土活動層北極温暖化増幅タリク(融解層)