日経サイエンス  2022年3月号

特集:激化する気象災害

頻発する豪雨・豪雪 温暖化で水蒸気が大暴れ

J. A. フランシス(ウッドウェル気候研究センター)

2021年の夏は,地球温暖化に伴って豪雨がいかにひどいものになるかをまざまざと見せつけた。

7月中旬,ドイツ西部とベルギーを襲った嵐は2日間に約200mmの雨を降らせ,洪水でバラバラに壊れた建物が川と化した村の通りを流れた。その1週間後には中国の河南省でたった3日間に平年の1年分にあたる600mmを超える雨が降り,河川の堤防が各所で決壊して数十万人が避難を強いられた。省都・鄭州市では水没した地下鉄に乗客が閉じ込められ,水かさがどんどん上がるなか,天井に残されたわずかな空間に首を必死で伸ばす人の姿をスマホで撮影した動画がウェブに投稿された。8月中旬にはジェット気流の鋭い蛇行がテネシー州に豪雨をもたらした。24時間に約430mmという信じがたい雨が降り,洪水で20人以上が死亡した。これらはいずれもハリケーンや熱帯低気圧ではなく,一般的な低気圧によるものだった。

だが,その後間もなくハリケーン「アイダ」が渦を巻いてメキシコ湾に進んできた。北半球大西洋生まれの熱帯低気圧としてこのシーズンに名前がついた9つ目の嵐だ。8月28日の時点では風速38mのカテゴリー1だったが,24時間足らずでカテゴリー4へと爆発的に発達した。米国立ハリケーンセンター(NHC)が「急速に発達している低気圧」の定義に用いているスピードの2倍近い速さだ。風速約70mでルイジアナ州に上陸し,100万人以上を数日にわたる停電に,60万人以上を断水に追い込んだ。アイダはその後,米国北東部へ進み,ニューヨークに1時間で80mmという記録破りの雨を降らせた。アイダによって80人以上が死亡,被害は米国東部の広範囲に及んだ。

これらの破壊的事象に共通しているのは水蒸気だ。大量の水蒸気の存在である。この気体は破壊的な低気圧の発達と気候変動の加速に非常に大きな役割を演じている。海洋と大気の温度が上がると,より多くの水が蒸発して空気に加わる。暖かな空気はより多くの水蒸気を含みうるので,それらが後に雲粒に凝縮すると豪雨につながる。

大気中の水蒸気量は1990年代半ばから地球全体で約4%増えた。たいした増加には聞こえないかもしれないが,気候システムにとってこれは一大事だ。水分に富む大気は,夏場の雷雨から米国東海岸のノーイースター(発達した温帯低気圧による嵐),ハリケーン,吹雪まで,すべての低気圧に通常よりも多くのエネルギーと湿気を提供している。また,アイダのような熱帯低気圧の発達を加速し,防災当局が警報を発するための貴重な時間を奪うことにもなる。

続きは日経サイエンス2022年3月号にて

再録:別冊日経サイエンス262『気候危機と戦う 人類を救うテクノロジー』
再録:別冊日経サイエンス253『世界の現場から 実践SDGs 格差・環境・食糧問題の現実解』

著者

Jennifer A. Francis

ウッドウェル気候研究センターのシニアサイエンティスト・副所長。北極の温暖化と大気中水蒸気・エネルギーを暗しく研究してきた。SCIENTIFIC AMERICANの編集顧問でもある。

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もうひとつの温暖化危機 北上する赤道降雨帯」,J. P. サックス/ C. L. ミアボルド,日経サイエンス2011年6月号。

原題名

Vapor Storms(SCIENTIFIC AMERICAN November 2021)

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