日経サイエンス  2022年3月号

特集:自己免疫疾患

反乱を抑える新たな手立て

M. ブロードフット(サイエンスライター)

自己免疫疾患の治療ではこれまで,悪さをする免疫系を力ずくで抑えつけて服従させるような強引な戦略がとられてきた。だが,そうした方法は体の正常な機能にも悪影響を及ぼし,元の病気よりもひどい状態を招く場合がある。最も代表的な治療薬であるステロイドは免疫反応全体を弱める類まれな効能を持つが,同時に患者は危険な感染症にかかりやすくなり,感染で命を落とす恐れもある。

自己免疫疾患の治療法を探る最近の研究は,この病気をより細やかなさじ加減で治療する方向に切り替わってきている。

人間の免疫系は全身に及び,多種多様な細胞・器官・組織・タンパク質が目もくらむような複雑なネットワークを構成して,それぞれの要素が様々な化学伝達物質を介して相互に連絡を取り合っている。遺伝子解析や分子工学などの最新技術によってそれら個別の要素を調べられるようになり,自己免疫疾患を治療するための新たな標的を以前よりもずっと正確に絞り込めるようになってきた。これらの新しい治療法のいくつかは,健康な細胞を狙う自己抗体を妨害することを目的としている。免疫細胞の間でやり取りされる主要な化学伝達物質を阻害する方法も開発されている。

しかし,それらの治療法が全ての患者に効くわけではなく,多くの自己免疫疾患は治療に強い抵抗力を持っている。多くの患者が標準的な医療と異なるアプローチに惹かれるのはそのためだ。科学者は治療の成功例と失敗例を通じて,病気を防ぐ盾にも,病気を起こす種にもなる免疫系の危ういバランスに関する理解を深めつつある。



再録:別冊日経サイエンス256『生命科学の最前線 分子医学で病気を制す』

著者

Marla Broadfoot

ノースカロライナ州ウェンデルに住むフリーランスのサイエンスライター。遺伝学と分子生物学の博士号を取得している。

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もうひとつの防御システム 自然免疫の底力」,L. A. J. オニール,日経サイエンス2005年4月号。
1型糖尿病ワクチン 衛生仮説が示す可能性」,K. M. ドレッシャー,S. トレイシー,日経サイエンス2018年4月号。

原題名

Damage Control(SCIENTIFIC AMERICAN September 2021)

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