日経サイエンス  2022年3月号

特集:自己免疫疾患

なぜ自分に牙を剥くのか 免疫が裏切るメカニズム

S. サザーランド

エイジリク(Decio Eizirik)が1980年代に1型糖尿病患者の治療を始めたとき,この病気の原因はてっきり免疫系の暴走にあると思っていた。この病気の患者は重要なホルモンであるインスリンが欠乏しており,それは体内のインスリン工場である膵臓のベータ細胞が免疫細胞の攻撃によって破壊されていたからだった。「当時は,免疫系をコントロールできれば糖尿病を予防できると考えられていた」とエイジリクは言う。彼は現在インディアナ・バイオサイエンス研究所とベルギーのブリュッセル自由大学で内分泌学者として研究に従事しており,診療には携わっていない。

これが自己免疫疾患の古典的なモデルだった。体を守るはずの細胞が体内の細胞を攻撃するというシナリオだ。インスリンの補充によって糖尿病患者は生き続けられるが,根本的な原因は無実なベータ細胞に対する免疫系の攻撃にあると考えられていたのだ。「人々は葬儀で亡骸を見るようにベータ細胞のことを見ていた。つまり,ベータ細胞は多くの人の視線を集めたが,何もしていないと考えられていた」とエイジリクは回想する。

しかし今では,ベータ細胞がまったくの無実ではなく,免疫系は不当に大きな責めを負わされているように見える。過去数十年間の研究を通じ,エイジリクをはじめとする研究者たちはベータ細胞が実際に糖尿病を引き起こしうると確信するようになった。ベータ細胞がある特定の状況で独自の炎症性化学物質を作り出し,この物質が“照明弾”として働いて免疫細胞の注意を引き,それらに攻撃態勢をとらせることが明らかになったのだ。




再録:別冊日経サイエンス250「『病』のサイエンス」

著者

Stephani Sutherland

南カリフォルニアに拠点を置く神経科学者,科学ジャーナリスト。

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免疫系の暴走を止めろ 全身性エリテマトーデスに挑む」,M. ズアリ,日経サイエンス2005年6月号。

原題名

How Autoimmunity Starts(SCIENTIFIC AMERICAN September 2021)

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