日経サイエンス  2022年2月号

ホルモン量で男女を線引きすべきか? アスリートの性とジェンダー

G. ハッキンズ(スタンフォード大学)

2016年2月,チャンド(Dutee Chand)はインド最速の女子短距離選手になった。彼女はカタールでの屋内トラックの予選で,インド人女性の60m走の最速記録を塗り替えた。その後まもなく,インド人女性として数十年ぶりにオリンピック100m走への出場を果たした。しかし,そのわずか1年前には,チャンドは二度と競技に出場できない可能性に直面していた。

2014年にチャンドがジュニアの競技会で頭角を現し始めたとき,インド陸上競技連盟(AFI)は国際的な母体であるワールドアスレティックス(世界陸連)の支持のもと,チャンドの女子競技への参加を禁じた。体内に自然に生じているテストステロンのレベルが異常に高いというのが理由だ(チャンドがこれまでにホルモン値を変えるために禁止薬物を摂取した証拠はまったくない)。インドの陸上競技大会を運営しているAFIは,平均より高いテストステロン値によって彼女は男性選手並みに高い身体能力を享受しているとした。

一流スポーツの世界で新記録を作るのは,背の高さや筋力,持久力などにおいて,例外的な身体を持つ選手だ。だがその例外が「少し男性的な女性」など性やジェンダーに関わるとき,途端に判断が難しくなる。男女別で行われる競技において,何が公平なのか。男性ホルモンの量を基準にする動きもあるが,そう簡単に人間を2つのグループに分けられない。

再録:別冊日経サイエンス260『新版 性とジェンダー』

スタンフォード大学で神経科学を専攻する博士課程在籍の学生。英オックスフォード大学で神経科学および女性学で修士号取得。

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原題名

On the Basis of Testosterone(SCIENTIFIC AMERICAN February 2021)

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