
ワジ・ラワイニはオマーンのハジャール山脈の内陸側にある砂漠の谷だ。とげのある低木がまばらに生えるこの谷は,高さ数百mの薄茶色の岩の峰々に囲まれている。この岩石は地表では化学的に不安定な鉱物からなり,どの油井やダイヤモンド鉱山よりもはるかに深い地下数十kmのマントルで形成されたのだろう。プレート運動によって約8000万年前に地表に押し出された岩石は風雨にさらされ,膨張を伴う地球化学的風化を起こしている。
この地質学的に特異な岩石が気候の非常事態を変えるのに役立つ可能性があると,コロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測研究所の地質学者ケレメンは考えている。
私が彼の構想を聞いたのは2018年1月のある日の午後,ワジ・ラワイニの不揃いに伸びたアカシアの木の陰でキャンプチェアに腰かけているときだった。100m先にはテント屋根付きの仮設の屋外実験室があり,テーブルと化学薬品,岩石サンプルを調べる専用スキャナーが備えられていた。足元の砂利だらけの地面にはかちかちのラクダの糞が散らばっていた。ケレメンは背後の岩壁のほうを向いた。薄茶色の風化した,かんらん岩と呼ばれるマントル岩石でできた壁だ。雨が岩の割れ目を浸透するとき,雨水に溶け込んだ大気中の酸素や二酸化炭素(CO2)を連れ込む。水と酸素,CO2は岩石と反応して新たな鉱物となり,それが樹木の根のように岩石の深くに伸びた鉱脈ができる。このような乳白色の鉱脈が岩を縦横に走っていた。ケレメンは直径1cmの炭酸マグネシウム鉱脈を指さし,「この約半分がCO2だ」と言った。小石で軽く叩くと鈍い音がした。
ケレメンのチームはオマーンの露出をしたマントル岩石が毎年10万トンのCO2を吸収・固定していると推定している。岩石1m3あたり約1gの温室効果ガスを封じ込めている計算だ。「このプロセスを100万倍促進できれば,岩石1km3あたり年間10億トンのCO2を封印できる」と彼は言う。そして1万5000km3のマントル岩石が存在するオマーンには十分な潜在的可能性がある。自然界の反応プロセスが加速するように岩石の温度が高くなる深さまで数km掘削し,そこに大気中から回収したCO2をたっぷり含む海水を注入するのがケレメンの計画だ。(続く)
著者
Douglas Fox
カリフォルニア州を拠点とするサイエンスライター。気候科学や地質学,生物学についての記事を書いている。本誌には「南極の氷河期を生き延びたトビムシの謎」(2020年9月号)などを執筆。
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「温暖化の緊急対策 空中のCO2 を吸収」,K. S. ラックナー,日経サイエンス2010年9月号。
「CO2回収 夢と現実」 D. ビエッロ,日経サイエンス2016年4月号
原題名
The Carbon Rocks of Oman(SCIENTIFIC AMERICAN July 2021)