日経サイエンス  2022年1月号

吃音症はなぜ起こるのか

(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

吃音は何千年も前から認識されており,全ての言語と文化で見られる。米大統領のバイデンをはじめ,吃音のあった有名人は多数いる。古代ギリシャの雄弁家デモステネスは言葉がつっかえないようにするために小石を口に入れて練習した。2010年の映画『英国王のスピーチ』では英国王ジョージ6世の型破りな言語療法が描かれた。

専門的に言えば,吃音は会話のよどみない流れが乱される現象だが,本人の身体的な苦労としばしばそれに伴う感情の変化のせいで,周囲の人は吃音の原因を誤って捉えがちだ。例えば,舌や喉頭の欠陥,認知の問題,精神的なトラウマまたは緊張,左利きの子供を無理に右利きにさせる矯正が原因だと考える。特に残念なのは,子育ての失敗で吃音が起こるという誤解だ。

これらの通説や思い込みはどれも誤りであることが証明されている。過去20年間,特にこの5〜10年で,吃音はまったくもって生物学的な問題であることを示す研究結果が増えている。より具体的には,吃音は神経発達症の1つと考えられている。世界中に7000万人以上いる吃音者のほとんどで,吃音は人生の早い段階,つまり子供が話すことを学ぶ時期に現れる。科学者たちが吃音のある人の脳を観察したところ,構造と機能の両方に微妙な変化が見られ,それが発話の流れに影響を与えていることがわかった。吃音のない人と比較して,吃音のある人では,神経の接続性の違い,発話と運動に関わる脳領域の統合の変化,ドーパミンなどの重要な神経伝達物質の活動の変化が見られる。

遺伝的要素もある。吃音が起こる可能性を劇的に高める4つの遺伝子が特定されている。電球に問題がなくても部屋全体の配線不良のせいで明かりがちらつくことがあるように,脳の構造・機能や遺伝子の様々な違いが積み重なって,神経科学者が言うところの「脳のシステムレベルの問題」が起こる。これらの神経生物学的な新事実は,新たな治療法のヒントとなる。

再録:別冊日経サイエンス259『新版 認知科学で探る心の成長と発達』

監修 菊池良和(きくち・よしかず) 九州大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科助教。専門は吃音症。吃音外来を開き,診療にあたっている。

原題名

The Stuttering Mind(SCIENTIFIC AMERICAN August 2021)

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