日経サイエンス  2021年12月号

感覚経験は脳のどこで生まれるのか 電気刺激で意識を探る

C. コッホ(アレン研究所/タイニーブルードット財団)

 次の体験談について考えてみよう。

●数km先に嵐が見え,同じ方向にある丘を越えなくてはならない。「嵐の中,果たして丘を越えられるだろうか」と自問する。
●黒い背景に白い点々が見え,夜空の 星を見上げているような感じだ。
●ベッドに横たわる自分自身を上から見下ろしているのに,下半身しか見えない。

 これらは私たちの日々の意識の流れを作り上げている知覚や感覚,記憶,思考,夢が織りなす広大な世界から引き出された風変わりな出来事のように思えるかもしれない。だが実は,どれも脳を電極で直接刺激したときに誘発された体験だ。これらの体験談は,身体とそこに宿る魂の密接な関係を示している。脳と意識は表裏一体で切り離せないのだ。

 意識に関する脳活動についていくつかの法則が近年の研究で明らかになったが,それらは時として逆説的だ。意識にのぼる知覚に関わる脳領域は,思考や計画といった高次の認知機能にはほとんど関与していないのだ。神経工学者はこれらの新たな知見をもとに,失われた認知機能の代わりを果たす装置の開発に取り組んでおり,感覚・認知・記憶の能力を増強することを目指している。

 例えば最新のブレイン・マシン・インターフェースを使えば,限定的ではあるが全盲者が光を感じられる。だが一方では,視覚や聴覚を完全に回復することの難しさも明らかになった。コンピューターの記憶装置を操作するように脳にアクセスして能力を拡張するSFのような技術の実現には,まだ多くの障害が立ちはだかっている。

再録:別冊日経サイエンス255『新版 意識と感覚の脳科学』
再録:別冊日経サイエンス252『脳科学の最前線 脳を観る 心を探る』

著者

Christof Koch

アトルにあるアレン研究所のMindScopeプロジェクトとサンタモニカにあるタイニーブルードット財団の主任研究員。著書に「The Feeling of Life Itself―Why Consciousness Is Widespread but Can't be Computed」などがある。SCIENTIFIC AMERICANの編集顧問でもある。

原題名

The Brain Electric(SCIENTIFIC AMERICAN June 2021)

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ブレイン・マシン・インターフェース