日経サイエンス  2021年12月号

創刊50周年企画

進化続ける分子の精密合成 自己組織化で創るナノ空間

藤田誠(東京大学/分子科学研究所)

 机の上にばらまいたジグソーパズルのピースが,もし最も居心地の良い状態になるまでランダムに動き続けるとしたら何が起こるだろうか。たまたま他のピースとつながったとき,形が合わなければやがて外れるが,ピタリと合ったら容易に離れない。2個のピースがつながったところに3個目,4個目がはまると全体の結合が強くなり,ピースの塊が徐々に大きくなっていく。やがて全てのピースがつながって,ジグソーパズルが完成するだろう。

 これと同じことがもし原子や分子で起きたら,物質がひとりでに組み上がるはずだ。荒唐無稽に聞こえるかもしれないが,自然界を見渡せば,それは至るところで起きている現象である。

 例えばタバコモザイクウイルスは同形のタンパク質が約1500個集まってできているが,このタンパク質は水中ではバラバラの状態より集合した方が安定になる。このため細胞内で自然に集まり,棒状のウイルスを形作る。超音波をかけると散り散りになるが,時間がたつとひたひたと集まってきて,再びウイルスの形に組み上がる。

 私たちの遺伝情報を記録するDNAは4種類の塩基からなる鎖状の分子だが,各塩基が相性のよい塩基と水素結合して2本の分子が合わさり,二重らせん構造を形作っている。そのDNAが体内で作るタンパク質は,アミノ酸が1次元的に並んだ分子だが,水素結合や静電的な作用によってあちこちで会合し,折りたたまれて,複雑な3次元構造を取る。

 このように無秩序の状態から自発的に秩序が生まれることを「自己組織化」という。個々のピースは化学的に合成できる物質だが,それらが自己組織化によって複雑な構造を取ると,生命現象に必要な様々な機能を持つようになる。自己組織化は,物質と生命の間の橋渡しをするメカニズムなのである。

 近年,この自己組織化を使ってこれまでになかった構造体を作る試みが広がっている。この手法が生まれた歴史的な経緯と,私たちの取り組みをご紹介したい。

著者

藤田誠(ふじた・まこと)

1957年東京都生まれ。80年千葉大学工学部卒,82年同大大学院修士課程修了,相模中央化学研究所研究員に。87年博士号取得。千葉大学,分子科学研究所,名古屋大学を経て2002年から東京大学教授。18年より分子科学研究所卓越教授を兼任,19年より東京大学卓越教授となる。紫綬褒章,恩賜賞・日本学士院賞,米国化学会賞,ウルフ賞(化学部門)など受賞多数。左ページの画像は48個のパラジウムと96本の有機分子が自己組織化して生成した球状分子の構造をX線回折で調べたもの。四角形と三角形で構成される多面体になっている。

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