日経サイエンス  2021年12月号

詳報:ノーベル賞

金属を使わずに不斉合成

ノーベル化学賞 

 2021年のノーベル化学賞は,鏡像関係にある異性体の一方だけを,金属を使わない有機触媒を用いて合成できることを示した独マックス・プランク石炭研究所教授のリスト(Benjamin List)と米プリンストン大学教授のマクミラン(David MacMillan)に授与される。2000年にそれぞれ独立に出した論文で「不斉合成には金属触媒が必要」との常識を覆し,不斉有機触媒という新たな分野を切り開いた。

 鏡像異性体は右手型と左手型で機能が異なることが多く,これを作り分ける不斉合成は,医薬品製造や化学工業には不可欠だ。睡眠薬のサリドマイドによる薬害は,催眠性がある右手型と,催奇形性のある左手型の分子が混在していたために引き起こされた。

 20世紀中は,不斉合成は主に2つの方法で行われていた。生物が作る酵素を利用するか,金属を用いた触媒を使うかだ。酵素は酒の醸造などに古くから用いられてきたが,構造が複雑で制御が難しく,反応の種類も限られる。一方,金属触媒は様々なものを設計でき制御も容易だが,わずかとはいえ生成物に金属が残留する。環境への負荷がかかり,日本のような資源小国は使う金属を輸入に頼らざるを得ないというリスクもある。

 リストとマクミランはほぼ同時期に不斉有機触媒にたどり着いたが,その方法は真逆だった。リストは触媒として機能する抗体を研究する中から,触媒作用の鍵となるのはごく一部であることに気づき,プロリンというアミノ酸が不斉触媒とし働くことを見出した。マクミランは金属触媒を出発点に,その機能を有機分子に置き換えようと試みた。2人の研究の軌跡をたどるとともに,日本の研究者たちの貢献を紹介する。

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