一見乱雑なシステムに,奇妙で美しい法則が潜んでいる──。2021年のノーベル物理学賞の1/2は,ランダムな相互作用が働く複雑な系の振る舞いを数学的に解明した伊ローマ・ラ・サピエンツァ大学教授のパリージ(Giorgio Parisi)に贈る。
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対称性の破れ 強磁性体の温度を下げていくと,スピンは同方向に揃おうとするので,全部が上下のどちらかを向く(左)。スピングラスの磁性原子の間にはランダムな相互作用が働いており,温度を下げるとスピンが乱雑なまま凍結する(右)。このときのスピンのパターンは無数にありうる。 |
磁石に使われる強磁性の物質では,個々の原子が持つ微小な磁石(スピン)の間に,同じ方向を向こうとする相互作用が働く。温度が高い時は熱ゆらぎのためにそれぞれ勝手な方向を向いているが,温度を下げていくと相互作用が勝り,全てのスピンが同じ方向を向こうとする。スピンの軸は結晶によって定まるが,全部上を向くのと全部下を向くのはエネルギー的に同等で,理論的には対称だ。だが実際は対称性が破れ,一方だけが実現する(図の左)。
非磁性金属の中に磁性原子が薄く分布していると,話は複雑になる。スピン間には,距離によって変わるランダムな相互作用が働く。そのため温度を下げていくと,どの方向を向けばいいのかわからなくなるスピンが出てくる。あちらを立てればこちらが立たず,フラストレーションが生じて,全てのスピンにとって心地良い,安定なパターンは存在しない。だが実際にはスピンはどこかで動きを止め,乱雑なまま凍りつく。これをスピングラスと呼ぶ(図の右)。
この現象を理論的に解明しようと,名だたる理論家らが挑んできた。70年代にエドワーズ(Samuel Edwards)とアンダーソン(Philip Anderson)が先鞭をつけ,その後シェリントン(David Sherrington)とカークパトリック(Scott Kirkpatrick)によってスピンのパターンが数学的に示されたが,エントロピーが負になるという物理的にあり得ない結果になった。最終的にパリージが「天才的なひらめき」(西森秀稔東京工業大学特任教授)によって問題を解決し,解を導いた。その研究の道筋と,その後の広がりを紹介する。
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スピングラス/平均場理論/レプリカ法/レプリカ対称性の破れ/超計量性