日経サイエンス  2021年11月号

創刊50周年企画

科学の50年そして現在

古田彩(編集長)

 日経サイエンスの創刊は1971年9月,人類が初めて月面に降り立って2年後のことである。米科学誌SCIENTIFIC AMERICANの日本版として,同誌の翻訳記事と日本の研究者の寄稿を掲載した。日本は高度経済成長のただ中で,情報の乏しい中,国内外の一線の研究者らが書いた解説は,一般読者のみならず研究者にもよく読まれた。

 1980年代には企業がこぞって基礎研究に乗り出した。90年代にバブル景気が弾けるとその機運は萎んだが,政府は「日本の未来を切り拓く途は,独自の優れた科学技術を築くことにかかっている」として科学技術創造立国の構築を掲げ,研究開発投資を拡大した。日本は科学を国の礎として重視し,科学はそれに応える成果を上げてきたといえるだろう。それが2000年代のノーベル賞ラッシュにもつながった。

 創刊50周年を迎えるのを機に,これまで掲載した記事の中から,物理,化学,生物の各分野で新たな地平を開いた研究者らが自ら著した記事を3本選んだ。そして現在一線にいる研究者に,研究がその後どのように発展し,今何を目指しているのかを展望してもらうことにした。第1回は米カリフォルニア大学バークレー校と東京大学の教授,村山斉氏である。日経サイエンスは1977年,素粒子物理学の標準理論の核となる「対称性の自発的破れ」を提唱した南部陽一郎氏による「クォークの閉じ込め」を掲載した。村山氏は48ページ「宇宙の暗黒に迫る」で,南部氏の仕事を起点に,宇宙論における最大の謎である暗黒物質と暗黒エネルギーの正体を探る試みを解説している。

 2000年代後半から,日本の科学の凋落が指摘され始めた。大学の運営費交付金は縮小され,事務作業は増し,インパクトのある論文が減少して,日本の存在感が薄れている。日本の科学を今後どうすべきなのか,本特集がそれを考える一助となれば幸いである。

編集長 古田彩

第一回
南部陽一郎の「対称性の自発的破れ」から半世紀 宇宙の暗黒に迫る  村山斉

第二回
進化続ける分子の精密合成 自己組織化で創るナノ空間   藤田誠

第三回
極限微生物が変えた進化観 深海に探る生命の起源  高井研