
mRNAワクチンは新型コロナウイルス感染症の流行が明らかになってから1年足らずで登場し,既に世界で何億もの人々が接種しているワクチンだ。通常のワクチン開発には何年も時間がかかるとされるなか,新型コロナ向けのワクチンは極めて短時間で開発が進んだように見える。しかも,mRNAワクチンが実用化したのは新型コロナが初めてだ。なぜこんなに速く実現したのだろうか? その答えはいたって単純だ。実は,mRNAワクチンには過去30年にわたる研究開発の歴史がある。
「mRNAワクチンは緊急性の高い状況でも速やかに作れる利点がある。しかし,このワクチン自体が急ごしらえの技術だと思ったら大きな間違いだ」。mRNAワクチンを含む,様々なタイプのワクチンの研究開発に長年携わってきた東京大学医科学研究所教授の石井健はこう強調する。
新型コロナの流行以降に行われたmRNAワクチンの開発はとんとん拍子で進んだ。たとえばモデルナのワクチンの基本設計はウイルスのゲノム情報が解読されてからわずか2日後の2020年1月13日には終わっていた。人での安全性を確かめる臨床試験も,まだ日本で第1波の全国的な流行が起こる前の同年3月16日に始まった。しかし「新型コロナ以前」のmRNAワクチン開発の歴史はこれとは対照的に,試行錯誤の連続だった。