
米疾病対策センター(CDC)の部門長で真菌類を専門とするチラー(Tom Chiller)は,パンデミックが始まった当初からCOVID-19の患者が真菌感染症を併発する可能性を危惧していた。中国人科学者によって国際的な学術雑誌に発表された最初のCOVID-19症例の報告では,患者はきわめて重症であり,集中治療室で処置されたと説明されていた。つまり,麻酔を施された状態で呼吸器につながれ,静脈への点滴を介して感染と炎症を抑える薬を大量に投与されるということだ。こうした必死の治療はウイルスから患者を救うかもしれないが,免疫を抑制する薬剤はもともと体に備わっている防御機構を妨げ,幅広い種類の細菌に効く広域抗生物質は病原微生物の体内への侵入を抑えている有益な細菌を全滅させてしまうだろう。そうなると患者は,周囲に潜んでいる他の病原体にきわめて感染しやすい状態になってしまう。
チラーらは水面下で米国やヨーロッパの仲間と連絡を取り始め,致命的な真菌がCOVID-19によって人間に感染する機会を得た例がないか尋ねた。すると,感染の報告がインドとイタリア,コロンビア,ドイツ,オーストリア,ベルギー,アイルランド,オランダ,フランスから少しずつ漏れ聞こえてきた。致命的な真菌への感染はその後,米国の患者でも表面化した。それは,COVID-19のパンデミックに乗じて流行し始めた新たな感染症の兆候だった。しかも,カンジダ・アウリスだけではなく,アスペルギルス属という別の致命的な真菌も被害をもたらし始めていた。
「これはあらゆる場所に広がるだろう」とチラーは言う。「抑えることはできないと思う」。
再録:別冊日経サイエンス246「感染症Ⅱ 新型コロナと闘う」
著者
Maryn MacKenna
公衆衛生,グローバルヘルス,食料政策を専門とするジャーナリストであり,エモリー大学人間健康研究センター主席研究員でもある。近著に「Big Chicken: The Incredible Story of How Antibiotics Created Modern Agriculture and Changed the Way the World Eats」(ナショナル・ジオグラフィクス・ブックス,2017年)がある。
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「新興真菌症の恐怖」,J. フレーザー,日経サイエンス2014年5月号。
原題名
Deadly Kingdom(SCIENTIFIC AMERICAN June 2021)