
人類はその進化の歴史の中で,何度もウイルスの攻撃を受けてきた。我々のDNAには,太古の昔に霊長類の祖先に感染した,ある種のウイルスの遺伝子配列の痕跡が刻まれており,これを「内在性レトロウイルス」(ERV)と呼ぶ。今はもうウイルスを作り出すことはなく,いわば過去のウイルスの「化石」である。
最近,東京大学医科学研究所の伊東潤平特任助教と佐藤佳准教授らの研究グループが,このERVに意外な働きがあることを見いだした。がん細胞の増殖や転移に関わる遺伝子を抑制するタンパク質の産生を促し,患者の予後の改善に寄与していることが,遺伝子データの解析と細胞実験によって示された。
かつて我々の祖先を悩ませたウイルスの化石が,その後の変異と自然選択によって人類の生存に寄与するように変化したらしい。ヒトとウイルスの関係の知られざる側面を探った。
再録:別冊日経サイエンス256『生命科学の最前線 分子医学で病気を制す』
再録:別冊日経サイエンス250「『病』のサイエンス」
協力 伊東潤平(いとう・じゅんぺい)/佐藤佳(さとう・けい) 伊東は東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の特任助教。佐藤は同准教授で,この研究室の主宰者である。実験ウイルス学,進化生物学,分子系統学,バイオインフォマティクスなどを融合した学際分野「システムウイルス学」の確立を目指して研究している。
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内在性レトロウイルス/トランスポゾン/エンハンサー/KRABジンクフィンフィンガータンパク質/ヒトバイローム