日経サイエンス  2021年5月号

特集:色彩の科学

物理が生んだ究極の黒

鴻 知佳子(フリーランスライター) 協力:雨宮邦招(産業技術総合研究所)

 16.78カラットの天然の黄色ダイヤモンド。200万ドルのその輝く姿が,消えた。物体自体がなくなったわけではない。ただその表面を,光を全て吸収する特殊な材料で覆ってしまったため,いくら目を凝らしても存在がわからない。まるでぽっかりと穴が開いたように,黒い闇と化している。

 『虚飾の贖(あがな)い』と題されたこの作品は,2019年秋,ボストン在住のアーティスト,シュトレーベとMITが共同で発表した。ダイヤモンドを覆った黒い素材は,MITの研究グループが作った,可視光を99.995%以上吸収する「世界一黒い物質」だ。その正体は,特殊な形に並べたカーボンナノチューブである。

 あらゆる光を吸収する真っ黒な物質は高度な光学計測に不可欠で,研究者たちが開発にしのぎを削って来た。最新の科学から生み出されたその構造は,意外なことに極楽鳥の漆黒の羽にも備わっているらしい。より使いやすく完全な黒を目指す材料開発競争と,最新の黒をめぐる美術界の確執,さらに鳥たちの求愛ダンスまで,「究極の黒」をめぐる話題をお届けする。

著者

鴻知佳子(おおとり・ちかこ) / 雨宮邦招(あめみや・くにあき)

日本経済新聞科学技術部で約10年間記者をした後,美術の道を志して退社。米サザビーズ・インスティテュート・オブ・アート修士課程で現代美術を学んだ。美術館で学芸員を務めると同時に,科学と美術の分野でライターとして活躍している。

産業技術総合研究所計量標準総合センター物理計測標準研究部門応用光計測研究グループ長。2003年東京大学工学系研究科博士課程修了,工学博士。東大助手を経て産総研に入所,2018年から現職。専門は光測定器校正の国家標準や光吸収材料の開発と応用。

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