日経サイエンス  2021年3月号

オークの進化史 北半球を席巻したドングリの森

A. L. ヒップ(モートン植物園) P. S. マノス(デューク大学) J. キャヴェンダ=ベアズ(ミネソタ大学)

もしも5600万年前の北アメリカのどこかに突然放り込まれたら,そこがどこか見当もつかないだろう。当時は始新世が始まったばかりで,地球は現在よりも暑くて湿度も高かった。海はグレートプレーンズの中ほどまで迫っており,ロッキー山脈はまだ現在の高さに達していなかった。

北米大陸の植物と動物は現在とは劇的に異なっていた。現在は比較的少数のツンドラ植物しか見られないカナダ極北域は当時は気温が氷点下になることはなく,豊かで多様な植物相が存在していた。カナダ最北部のエルズミア島(グリーンランドの北西海岸の向かい)はワニとゾウガメのすみかだった。現在の米国南東部は熱帯雨林に覆われ,たくさんの霊長類が生息していた。米国北東部では(針葉ではなく)広葉の常緑樹林からイチョウやガマズミ,カバ,ニレなどの落葉樹林まで見られた。現在メキシコより北の北米大陸の11%を占めている落葉広葉樹林は,当時生まれたばかりだった。だが,それは変わろうとしていた。やがて生態的にも経済的にも世界で最も重要になる木本植物の拡大と並外れた多様化が始まろうとしていたのだ。ドングリを実らせ,風によって受粉する,オークと呼ばれる木だ。

コナラ属の木本植物であるオークは過去5600万年ほどの間に未分化の単一集団から約435の種に進化し,現在ではカナダからコロンビア,そしてノルウェーからボルネオまで,オーストラリアと南極を除く5つの大陸で見られる。オークは生態系に大きな影響を及ぼすキーストーン種であり,北半球各地の森林の機能的な基礎を形成している。オークの森は菌類からカリバチや鳥類,哺乳類まで生物全体の多様性を育み,二酸化炭素の固定や大気汚染物質の吸収を通して空気の浄化を助ける。オークはまた食料としてのドングリや,家や家具,船を作るための木材を提供し,人間の文化を形づくってきた。実際,オークが多くの伝説や神話に登場することからも人々にとって極めて重要だったことがわかる。

オークが特に目立つのがアメリカだ。コナラ属の種の約60%がここに生育している。この驚くべき多様性と,北米とメキシコの森林で最大のバイオマスを占めるのがコナラ属の樹木であるという事実から,オークは北米大陸の森林で最も重要な木だといえる。森林を理解するには,つまり森林の生物多様性と食物網,人類の幸福への貢献を理解するには,オークがどのように森を支配するようになったかをひもとかなければならない。

著者

Andrew L. Hipp / Paul S. Manos / Jeannine Cavender-Bares

ヒップはモートン植物園(イリノイ州ライル)の上席科学者で植物標本室長。研究テーマは植物多様性の進化と維持,意味合いで,特にオークのゲノム系統学を研究している。マノスはデューク大学教授。顕花植物の分類学と生物地理学,特にオークとヒッコリー,クルミの進化を研究している。キャヴェンダ=ベアズはミネソタ大学教授。植物多様性の起源と生理学的機能,構造およびそれらの影響について研究しており,特にオークに関心がある。

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原題名

Ascent of the Oaks(SCIENTIFIC AMERICAN August 2020)

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