日経サイエンス  2020年11月号

フロントランナー挑む 第107回

理論疫学駆使して新型コロナ克服目指す:西浦博

滝 順一(日本経済新聞編集委員)

新型コロナウイルスの感染拡大で注目を集めた理論疫学の専門家
「人と人との接触を8割減らす」必要性などを呼びかけた
後継の育成にも力を注ぎ理論疫学を定着させようと奮闘している

新型コロナウイルスの感染拡大で理論疫学が注目されている。京都大学大学院教授の西浦博は数少ない専門家だ。国の対策班の一員として「人同士の接触8割減」を提唱した。新型コロナのほか,がん対策への応用,後進の育成などに奮闘し,理論疫学を国内に根付かせようとしている。 (文中敬称略)
 2020年は「感染症数理モデルの元年だ」と西浦はいう。専門の理論疫学は,感染症が人から人へどのように伝播するのかを数式で記述する。人間集団の中で感染症が拡大する様子や,そのメカニズムを数理モデルと現実のデータを用いて明らかにし,科学的な根拠に基づいた流行対策の立案につなげる。
 日本が発信した新型コロナ対策として海外にも知られるようになった「密閉」「密集」「密接」のいわゆる「3密」を避ける考え方は,厚生労働省のクラスター対策班に参加した西浦が同じメンバーの東北大学教授の押谷仁らと議論する中で生まれた。感染拡大を抑え込むために「人と人との接触を8割減らす必要がある」と語り,ツイッターなどで個人的な発信を続けた西浦は「8割おじさん」と呼ばれた。(続)

西浦博(にしうら・ひろし)
京都大学大学院教授,理論疫学。1977年大阪市生まれ。2002年宮崎医科大学医学部卒,2003年タイのマヒドン大学熱帯医学校大学院をはじめ,英インペリアル・カレッジ・ロンドン,独チュービンゲン大学医系計量生物学研究所などで研究。2006年長崎大学熱帯医学研究所特任准教授,2013年東京大学大学院准教授などを経て,2016年北海道大学教授。2020年8月より現職。

再録:別冊日経サイエンス248『科学を仕事にするということ 未来を拓く30人』

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