日経サイエンス  2020年8月号

特集:解明進む新型コロナウイルス

ゲノム解析でウイルスの謎に挑む

出村政彬(編集部)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)には大きな謎がある。かかっても一部の人しか重症化せず,人によって症状は全く異なる。欧州とアジアなど,地域によって流行の規模や様相に差異がある。こうした国レベルや個人レベルのばらつきがなぜ生じるのか,まだわかっていない。研究者たちはこの謎を解明しようと,COVID-19のゲノム解析に取り組んでいる。解析対象は2つある。病原体であるウイルスSARS-CoV-2のゲノムと,宿主であるヒトのゲノムだ。


ウイルスの解析では,世界で流行する病原体の塩基配列情報をリアルタイムで解析する「Nextstrain(ネクストストレイン)」と呼ぶ国際プロジェクトがCOVID-19の解析を行っている。原因ウイルスであるSARS-CoV-2は増殖を繰り返すうちに少しずつ変異していく。全長3万文字の塩基配列を詳しく解析すると,少しずつ配列の異なるバリエーションが存在していることがわかった。世界各地に流行が広がった結果,地域ごとに患者からよく見つかるバリエーションも異なっている。


ただ,バリエーションの違いがそのままウイルスの性質の違いに結びつくとは限らない。塩基配列が多少変化しても,その遺伝子がコードするタンパク質の機能が変化しなければ,ウイルスの性質は変わらないからだ。6月15日現在,変異によってウイルスの性質が変化したとわかる証拠は見つかっていない。


ヒトの側でも,個人ごとにゲノムの配列情報は少しずつ異なっている。この差異が,ひょっとするとCOVID-19の症状の違いと関連している可能性がある。国際的に進むゲノム解析プロジェクトとしては「COVID-19ホストジェネティクスイニシアティブ」や「HLA COVID-19」と呼ぶプロジェクトが進行中だ。日本からも研究者が多数参加している。感染症とゲノム上の個人差の関係については,過去にも様々な病気で解析が行われ,両者の相関が明らかになっている。今回のCOVID-19でも具体的な関連が見える可能性があり,今後の解析結果が注目される。

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