日経サイエンス  2020年6月号

サイバー戦争

加速するAI攻撃

吉川和輝(日本経済新聞)

とうとう起きたか――。2019年8月,新手のサイバー犯罪のニュースがサイバーセキュリティー関係者の間で話題になった。大企業のCEOそっくりの声で部下に電話をかけて送金を指示し,メールで指示した偽の口座に振り込ませるという事件が起きたのだ。被害者によると,電話の声が聞き覚えのあるドイツなまりの英語で,声の調子もまさしく本人のものだったので不自然さを感じなかったという。

 

こうした手口を「ビジネスメール詐欺」と呼ぶ。犯罪者が取引先や自社の経営者などを装ってメールを送りつけ,指定した銀行口座に金銭を振り込ませるサイバー犯罪だ。今回の事件は詐欺メールにとどまらず,本人そっくりの音声で相手に信じ込ませるという手口が使われた。ネット上でも利用できる「ディープフェイク」という人工知能(AI)技術を使えば,近しい人ですら間違えるほど本人そっくりの話し方をまねることが可能だ。

 

サイバーセキュリティー企業のトレンドマイクロが昨年末発表した「2020年の脅威動向」によると,今年は「AIを活用したディープフェイクが企業の従業員や業務手順を欺くために利用される」と予測されるという。ビジネスメール詐欺などへのディープフェイク技術の悪用が懸念されるとし,「特に電話・ビデオ会議・メディア出演が多い経営幹部らがなりすましの標的にされる」と指摘している。

 

AIによる攻撃がサイバー空間の新しい脅威になる一方,これを迎え撃つ側にもAIを駆使した技術が登場している。サイバー空間の攻防は,AIによってますます巧妙になっている。

 

著者

吉川和輝(よしかわ・かずき)

日本経済新聞社編集委員。1982年入社,産業部,ソウル支局などを経て科学技術部記者に。米マサチューセッツ工科大学で科学ジャーナリズムを学んだ。2012~2015年に日経サイエンスの発行人を務めた。現在はエマージングテクノロジー,物理学,宇宙開発,科学技術政策などのテーマで執筆している。

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