日経サイエンス  2020年2月号

特集:量子超越

化学計算・機械学習 量子コンピューターの2つの挑戦

御手洗光祐(大阪大学) 監修:藤井啓祐(御手洗光祐)

グーグルが量子コンピューターで世界最速のスパコンにもできない計算を実行し,「量子超越 」を達成したと発表した。「地球上にあるどのコンピューターよりも量子コンピューターのほうが圧倒的に速い」というタスクが,少なくとも1つは見つかったのである。今回あくまで量子超越を実証するためのベンチマークテストだが,この計算能力を科学的・産業的に意味のある他のタスクにも活用することができるかもしれない。一体どんなタスクなら量子コンピューターの強みを活かせるのか。

 

量子コンピューターの性質上,計算結果の全体を知ろうと思ったら,同じ計算を何度も繰り返す必要がある。例えば,50量子ビットの量子チップで計算し,1000兆通りのビット列が同じ重みで重ね合わさっているという答えが得られた場合,それをすべて知るには1000兆のさらに数百倍程度の試行と測定を繰り返す必要がある。現在主流の超電導量子ビットなら1000兆回の測定には30年ほどかかり,その数百倍というのは現実的な数字ではない。

 

だが計算結果の一部分,例えば「適当な量子計算を実行した後,○番目の量子ビットが1になる確率はいくつか」といった情報を得るだけなら,話は別だ。ずっと少ない回数で精度のよい結果(この場合は50%)が得られるだろう。つまり,重ね合わせになった莫大な情報のうちの一部を限られた精度で取り出すだけで意味があるような応用先があれば,量子コンピューターで速く実行できる可能性があるということだ。そして現在,実際にそのような応用先として最も注目を集めている分野が,量子力学のシミュレーションと機械学習である。

著者

御手洗光祐(みたらい・こうすけ)

大阪大学基礎工学研究科博士課程在籍中。日本学術振興会特別研究員DC2。量子ソフトのベンチャー企業QunaSys共同創業者。量子コンピューターを現実の問題に応用することに興味があり,NISQデバイス,誤り耐性量子計算の理論について研究している。

監修 藤井啓祐(ふじい・けいすけ)
大阪大学大学院基礎工学研究科教授。1983年大阪生まれ。2011年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は量子コンピューティング。工学と理学,情報と物理の狭間に興味を持ち研究している。近著『驚異の量子コンピュータ』(岩波書店),「Quantum Computation with Topological Codes: From Qubit to Topological Fault-Tolerance」 (Springer,2015)など。