日経サイエンス  2020年2月号

特集:量子超越

グーグルが作った量子コンピューター

古田彩(編集部) 協力:藤井啓祐(大阪大学)

2019年10月23日,グーグルと米航空宇宙局エイムズ研究所,国立オークリッジ研究所,カリフォルニア大学サンタバーバラ校などのグループが,量子コンピューターで従来のコンピューターにはできない計算を実行し,「量子超越」を実現したとの論文を発表した。

 

マスメディアは一斉にこれを報じ,量子コンピューターは産業と金融に大きなインパクトを与え,社会を一変するだろうと解説した。市場には通信暗号が解読されてしまうのではとの懸念が広がり,仮想通貨関連の銘柄は軒並み急落した。だがグーグルの量子コンピューターが,近い将来に世界を変えることはないだろう。スパコンを超える計算ができるのは,量子超越を実証するために作られた特殊なタスクだけだ。量子ビットは53個とごく小規模で,演算回数も限られる。通信暗号は解読できない。今後,科学者や産業界がやりたい何らかの実用的な計算ができるようになるかどうかは未知数だ。

 

だがポイントはそこではない。今回の実験の本当の凄みは,量子素子が「たった53個で」世界最速のスパコンを凌駕する計算をやってのけたという,まさにその点にある。グーグルの量子コンピューターは,超電導材料で作った小さな回路を53個並べた量子チップ1個だけだ。対する国立オークリッジ研究所のスパコン「サミット」は数万個のGPUと数千個のCPUを備え,10ペタバイトのメモリーを持つ。そのスパコンを,たった53個の超電導素子が,桁違いのスピードで破ったのである。いくら量子側に有利に設計されたタスクとはいえ,何かとんでもないことが起きているということは想像がつく。

 

量子超越の達成は,これまでコンピューターの発展を伝えてきた様々なニュースとは本質的に異なる。それは,量子だけができるまったく新しい計算が登場し,それによる爆発的な計算の加速が初めて目に見える形で現れたことを意味するのだ。

協力 藤井啓祐(ふじい・けいすけ)
大阪大学大学院基礎工学研究科教授。1983年大阪生まれ。2011年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は量子コンピューティング。工学と理学,情報と物理の狭間に興味を持ち研究している。近著『驚異の量子コンピュータ』(岩波書店),「Quantum Computation with Topological Codes: From Qubit to Topological Fault-Tolerance」 (Springer,2015)など。

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