日経サイエンス  2020年1月号

特集:深海生物

深海クラゲの世界を見る

中島林彦(日本経済新聞) 協力:D. J. リンズィー(海洋研究開発機構)

深海クラゲ研究の第一人者,リンズィー(Dhugal J. Lindsay)は最初,魚やエビが専門だった。この道に進んだのは約20年前。「海洋研究開発機構に入り深海潜水調査船に搭乗したのがきっかけだった」と話す。「窓の外はクラゲばかりだった」。海は地球表面の7割を占め平均水深は4000m近くに達する。その体積の大部分は海の表層と海底の間に存在する暗黒の冷たい海水が占める。そこで繁栄しているのがクラゲだ。生息域の広大さから考えると「地球はクラゲの惑星といえる」とリンズィーは言う。(文中敬称略)

生態系を構成する動物種としてクラゲが卓越する深海は静かな宇宙空間のような世界だ。大気と接する海の表層は風が吹きつけて波や流れが生じ,太陽光で植物プランクトンが増殖する。また海の底には,表層から落ちてきた有機物が堆積し,熱水や冷水が湧き出ている場所もある。一方,それらの間にある深海域には,体を揺さぶる波も,ぶつかったりするような漂流物も,餌場や隠れ処となる大地も存在しない。あるものといえば海水ばかり。「そうした環境で,体のほとんどが水でできているゼラチン質のクラゲが繁栄するのは決して不思議なことではない」(リンズィー,以下同)。

ひとくちにクラゲと言っても,異なる動物門に分類される2つのグループがある。1つはイソギンチャクやサンゴなども属する刺胞(しほう)動物門。刺胞はいわば毒針で,これで小動物を仕留めて捕食する。もう1つは有櫛(ゆうしつ)動物門。刺胞を持たない代わりに粘着性の細胞を持ち,これを使って小動物を捕らえる。刺胞動物門のクラゲは約3000種なのに対し,有櫛動物門のクラゲは200種に満たない。

生活のタイプでいえばクラゲは全てプランクトンだ。「プランクトンは海の流れよりも速くは泳げない浮遊生物の総称。だからバクテリアもプランクトンだ。一方,世界で最も長大な生物はクラゲで,例えばマヨイアイオイクラゲは全長40mに達するが,これもプランクトンだ」。
リンズィーが今,力を注いでいるのは最新の映像技術を使ってクラゲを含む深海のプランクトンを捉えることだ。(続く)

再録:別冊日経サイエンス261『生命輝く海 ダイナミックな生物の世界』

著者

中島林彦 / 協力:D. J. リンズィー(Dhugal John Lindsay)

中島は日本経済新聞記者。リンズィーは海洋研究開発機構の主任技術研究員(超先鋭研究開発部門超先鋭技術開発プログラム)。横浜市立大学客員教授と北里大学客員准教授,横浜サイエンスフロンティア高等学校科学技術顧問を兼務。専門はクラゲなどのプランクトンとそれらを調査する機器の開発。共著で『日本クラゲ大図鑑』(平凡社)などがある。俳人としても知られ,『出航』などの句集を出している。

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