日経サイエンス  2019年8月号

特集:実験で迫る量子世界の深奥

時空の量子化をとらえる

T. フォルジャー(科学ジャーナリスト)

量子世界では,粒子が同時に2つの場所に存在するという不可思議なことが起こりうる。物理学者はこれを「重ね合わせ」と呼ぶ。量子的な重ね合わせは実際に実験室で何度も確認されているが,非常にデリケートで壊れやすい。重ね合わせになった粒子が周囲の粒子のどれかと相互作用すれば,重ね合わせは直ちに「収縮」し,粒子の場所は1つに確定する。

だが重ね合わせが保たれている間,粒子の物理的性質はどうなるのだろうかとウィーン大学のアスペルマイヤー(Markus Aspelmeyer)は考えた。例えば粒子が生み出す微小な重力場はどうなるのか。「ある物体を重ね合わせにしたとしよう。ここで疑問が生じる。その物体はいったいどのように重力を及ぼすのか? 私たちはこの問題に答えを出したいと思っている」。

彼がやろうとしている実験は,もともとかの有名な物理学者ファインマン(Richard Feynman)が1957年の学会で思考実験として提唱したものだ。もし重力が量子現象であるなら,同時に2つの場所に存在する重ね合わせになった粒子は2つの異なる重力場を生み出すだろうとファインマンは主張した。一般相対論によると,重力場は時空の歪みである。従って1つの小さな質量が量子的重ね合わせになった場合,2つの異なる時空が隣り合って同時に存在することになる。

仮にこうした時空の重ね合わせが生じた場合,そこに別の物体(試験質量と呼ぶ)を持ってきたら,重ね合わせになった時空とどんな相互作用をするだろう? 2つの異なる重力場から引力を受けて運動するだろうか。それとも一部の物理学者が考えているように,相互作用によって重ね合わせが壊れ,普通の(1つの)重力場による運動をするのだろうか。もしも時空の重ね合わせが壊れずに保たれ,試験質量が重ね合わせになった重力場と実際に相互作用したら,それは重力場の重ね合わせが試験質量と「量子もつれ」になることを示す強力な証拠となるだろう。

アスペルマイヤーの実験は一見不可能に見えるが,重力の理解を一変する可能性を秘めている。



再録:別冊日経サイエンス247「アインシュタイン 巨人の足跡と未解決問題」

著者

Tim Folger

サイエンスライター。National Geographic 誌やDiscover 誌などに執筆しているほか,ホートン・ミフリン・ハーコート社が毎年出版している「The Best American Science and Nature Writing」の編集者でもある。

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量子ビットから生まれる時空」,C. モスコウィッツ,日経サイエンス2017年4月号

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