日経サイエンス  2019年4月号

フロントランナー挑む 第90回

合成化学で世界を変える有用な分子の実現目指す:伊丹健一郎

小玉祥司(日本経済新聞編集委員)

ベンゼン環が輪のようにつながったカーボンナノベルトの合成に成功
常識にとらわれず生物活性など化学以外の分野の知識を結集
食料やエネルギーなど世界的問題を解決する有用な分子を目指す

 

 

多くの化学者が60年以上も合成に挑みながら実現できなかったベンゼン環が輪のようにつながった「カーボンナノベルト」。名古屋大学教授の伊丹健一郎はその合成に初めて成功,世界を驚かせた。拠点長を務める名大トランスフォーマティブ生命分子研究所では炭素と生物活性をつなぐ野心的な研究を推進。ナノカーボンの枠にとどまらず「世界を変えるすごい分子を作りたい」と夢を語る。   (文中敬称略)
2016年9月28日,伊丹研究室のメンバーが一室に集まり固唾をのんでパソコン画面を見つめていた。X線結晶構造解析を試みたサンプルの3次元画像が徐々に描き出され,最後には六角形のベンゼン環がつながってリング状になった。「おっ,おっ」と画面を追っていた伊丹は,表示が終わると満面の笑顔で「イェーイ!」と大きな声を上げてガッツポーズをとり,メンバーらとハイタッチ。カーボンナノベルトの合成が確認できた瞬間だった。

 

伊丹健一郎(いたみ・けんいちろう)
名古屋大学教授。1971年生まれ。1994年京都大学工学部卒,1998年京大大学院工学研究科博士後期課程修了,京大助手。2005年名古屋大学助教授,2008年名大教授。2013年から名大トランスフォーマティブ生命分子研究所拠点長。2015年米化学会賞(Arthur C. Cope Scholar Award),2017年日本化学会学術賞など受賞。

サイト内の関連記事を読む