
「アインシュタインと散歩していたとき,彼は不意に足を止め,私のほうを向いて『君は,君が見上げているときだけ月が存在していると本当に信じるのか?』と尋ねた」
──物理学者A. パイス
2015年,欧米の3つの研究グループがそれぞれ,ある極めて困難な実験に挑んだ。それはある意味,やる前から結果がわかっていた実験であった。少なくとも量子論の理論家たちは何年も前から自信をもって結果を予想していたし,もしも予想外の実験結果が出たら現代物理学を根底から揺るがすことになっていただろう。幸いにも,実験の結果は理論の予想どおりであった。しかし,この実験結果を知って安心したのは,現代の量子論の研究者だけである。量子論を知らない人にとっては信じがたい結果であろうし,もしもアインシュタインが生きていてこの実験結果を知ったら,驚くというよりも,自分の夢が破れたことをはっきりと悟ったことだろう。
アインシュタインは,物理理論は世界を客観的に記述し,予測するものだと信じていた。あるいは,少なくともそう望んでいた。それは,我々が観測する・しないにかかわらず,物体は一定の性質を備えていて,物理理論はそれらを数学的に書き表して予測するものだとの期待である。しかし,ミクロの世界の物理法則である量子論は,その期待に沿わない。我々が物体を観測していないときに,観測したときと同じ性質を物体が有していることを量子論は保証しない。今回行われた一連の実験は,量子論が正しく,アインシュタインが間違っていたことを実証した。自然はアインシュタインの期待だけでなく,私たちの常識をも裏切っているのである。
『アインシュタインの夢 ついえる:測っていない値は実在しない』を読んで
もっと理解したいと思った人のための補足解説 第2版(2019/2/15公開)
著者
谷村省吾(たにむら・しょうご)
名古屋大学大学院情報学研究科教授。子供のころは藤子不二雄に憧れ漫画家志望だったが,アインシュタインを知って物理学者になれたらいいなと思い始め,ファインマンを知って自分も物理学者になろうと決心した。量子力学の根本問題から電子顕微鏡を用いた最近の実験まで,量子論の基礎と応用に幅広く関心を持っている。
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「揺らぐ境界 非実在が動かす実在」,谷村省吾,日経サイエンス2013年7月号。
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