日経サイエンス  2019年1月号

神経免疫学

免疫系が脳を動かす

J. キプニス(バージニア大学)

解剖学の教科書では,これまで何十年にもわたって,身体の中で最も複雑なシステムである「脳」と「免疫」はほぼ完全に互いに独立していると語られてきた。誰に聞いても,脳は身体の操作だけをし,免疫は身体の防衛のみを担っているというだろう。健康な人では,両者は決して巡り会うことはない。ある種の病気や外傷が起きた場合のみ免疫細胞は脳へと侵入し,それは常に外敵を攻撃するためであると。

 

ところが近年の研究で得られた科学的証拠によって,科学者の見方は劇的に変わった。脳と免疫系は,病気のときも健康なときも,日常的に相互作用していることが示されたのだ。例えば免疫系は損傷した脳を助けることがある。またストレスへの対処や学習,社会的な行動など,脳の重要な機能を補助する役割も果たしている。それどころか,目が視覚情報を中継し,耳が聴覚信号を伝達するように,免疫系は体内や周囲の微生物を検出して脳に知らせる一種の監視機関と見なすこともできる。脳と免疫系はこれまで考えられていたよりも頻繁に連絡しているばかりか,深く絡み合っているのである。

 

この新しい学問分野「神経免疫学」の研究は,いまだ初期段階にある。それでもすでに,免疫系がもたらす情報に対する脳の反応と,その情報が脳神経回路をどう制御し変化させるかを解明することが,自閉症からアルツハイマー病まで,多くの神経疾患を理解し新たな治療法を開発するカギとなることが判明しつつある。
 

 
再録:別冊日経サイエンス234「最新免疫学 がん治療から神経免疫学まで」

著者

Jonathan Kipnis

バージニア大学医学部の教授と同大学の脳免疫グリアセンター長を兼任する。神経系と免疫系の相互作用を研究している。

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脳から老廃物を排出 グリンパティック系」,M. ネーデルガード/S. A. ゴールドマン,2016年7月号

原題名

The Seventh Sense(SCIENTIFIC AMERICAN August 2018)

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