
エッシャーの《描く手》 は,紙に描かれた左右の手が立体化し,互いに相手を描いている,という摩訶不思議な作品だ。エッシャーの作品の中でも,特に人気が高く,よく展覧会のポスターや作品集の表紙に使われているので,記憶しておられる方も多いだろう。本稿ではこの《描く手》を題材にして,エッシャーのトリックを探っていくのであるが,特に着目したいのが,中央を斜めに走る影である。さりげなく描いてあるので見逃してしまいそうだが,よく考えるとなんだかおかしい。これはいったい,何の影なのだろう? どうして,こんなところに影があるのだろうか? その理由を探っていくと,トリックの完成度を上げるための,エッシャーの緻密な計算が浮かび上がってくる。さらに,そうしたトリックは,エッシャーだけのものではない。自然界における動物たちもまた,同じトリックを進化の過程で獲得することで,これまで生き抜いてきたのである。
著者
近藤 滋(こんどう・しげる)
大阪大学大学院生命機能研究科教授。動物の姿や形が作られる仕組みを数理的に解明し,実験で検証している。ゼブラフィッシュの縞模様がチューリング波によって生成されることを実証した研究で知られる。著書に『波紋と螺旋とフィボナッチ』(学研プラス)などがある。