
2014年夏,過激派組織イスラミックステート(IS)はシリアとイラク北部を席巻するなかで,彼らが異教徒と見なすヤジーディーの人々の村を侵略した。兵士たちはヤジーディーの男を殺し,少女と女を捕らえた。12歳の少女までが“妻”となり,性奴隷としてIS兵士の間で陵辱された。歴史はこうした惨事にあふれている。ヤジーディーの女性たちを襲った悪夢は,捕らわれの女たちが昔から味わってきたものと同じだ。
私はここ10年ほど,古代文化を含む歴史上の捕虜獲得を調べてきた。考古学者として,「部族社会」や「首長制社会」と呼ばれる小規模社会における社会的・人口統計学的なプロセスに興味を持っている。血縁や婚姻によって結びつき,リーダーの権限が比較的限られている2万人に満たない集団だ。
捕虜はそうした社会の至る所に見られた。昔の旅人による記録や民族歴史学的文書,民族誌,捕虜になった人々の話,考古学的な報告は,ヨーロッパ北部から南米の南端まで,世界のあらゆる場所における捕虜について記述している。こうした古文書に関する私の分析は,捕虜略取とその結果に関する初の比較文化研究の試みだ。
これらの文書に描かれている世界は,人々が互いを平等に扱う小さなコミュニティーという理想化されたイメージとはかけ離れている。ほとんどの小規模社会は,集団の他のメンバーと同じ物資や利益を入手できない人々を数多く含んでいた。こうした不利な人々の一部は孤児や障害者,犯罪者だったが,ほとんどは他の集団からの捕虜だった。実際,略取されてきた捕虜が人口の25%を占める小規模社会もあったようだ。捕虜たちは連れてこられたその集団内に縁者がいないため,必然的につまはじき者とされ,多くの場合,人間以下の存在と見なされた。
捕虜たちはこうして社会の最下層を構成したが,それにもかかわらずその社会に甚大な形で影響を及ぼした。出身集団の考え方や信仰を持ち込んで略取者たちに初めて経験させ,技術とイデオロギーの普及を促した。そして,自分たちを拉致した集団に地位と不平等,富を生み出すうえで重要な役割を果たした。
これらの要因は,はるかに洗練された社会構造が出現する土台を築いたと考えられる。国家レベルの社会,つまりある1人のリーダーまたは少人数のグループが2万人を超える集団に対して大きな力と権限を発揮し,親族関係によってではなく社会的階級または同じ民族国家の境界内に居住することによって人々が結びついている社会を生む基礎となった。略奪された捕虜たちは悲惨な生活を耐え忍ぶとともに,世界を変えたのだ。(続)
著者
Catherine M. Cameron
コロラド大学ボルダー校の考古学者。チャコキャニオンなど米国南西部の遺跡調査を主要な研究テーマとしている。過去12年間,世界中の初期小規模社会における捕虜について研究してきた。
原題名
How Captives Changed the World(SCIENTIFIC AMERICAN December 2017)
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