
統合失調症の原因を探るうえで遺伝的素因は古くから注目されてきた。1つの家系に複数の罹患者がいる場合,発症につながる何らかの遺伝的変異を疑うのは自然なことだ。ゲノム解読が進み,遺伝子の大規模解析が可能になると,統合失調症の原因遺伝子の追究に期待が寄せられるようになった。しかし同時に,この道筋は様々な矛盾をはらみ,決して平坦でないこともわかってきた。著者らは大規模解析とは異なる遺伝子研究を模索するなかで,タンパク質の代謝の過程で蓄積する終末糖化産物(AGEs)が統合失調症の発症と関連づけられるこ可能性を発見した。
統合失調症の発症者にはAGEsがあまりやすい遺伝子変異を持つ人がいる。AGEsが蓄積する状態を「カルボニルストレス」と呼ぶ。発見のきっかけとなった症例は,グリオキシラーゼ1遺伝子(GLO1)の活性が低く,カルボニル化合物の分解が進まず,AGEsの蓄積を防げない。一方,ビタミンB6(ピリドキサミン)にはカルボニル化合物と結びついて,AGEsを分解する働きがあり,この効果はGLO1の活性低下を補うことがわかった。現在,ピリドキサミンを用いた治療が臨床試験の段階に入っている。
著者
糸川昌成(いとかわ・まさなり) / 新井誠(あらい・まこと) / 宮田敏男(みやた・としお)
糸川は東京都医学総合研究所病院等連携研究センター長。東京大学新領域創成科学研究科客員教授。1989年埼玉医科大学卒業,東京医科歯科大学精神科,筑波大学遺伝子学教室,東京大学脳研究施設,米国立衛生研究所(NIH),理化学研究所などを経て,2015年より現職。専門は遺伝医学,精神医学。新井は東京都医学総合研究所統合失調症プロジェクトリーダー。2002年東京理科大学大学院修了,理化学研究所,東京都精神医学総合研究所,英国ウォーリック大学を経て,2015年より現職。専門は,分子生物学,神経科学,生化学。宮田は東北大学医学部教授,東北大学副理事(研究担当),日本医療研究開発機構科学技術顧問。1986年名古屋大学医学部卒業,大阪大学微生物病研究所,名古屋大学医学部分院内科を経て,2007年11月末まで東海大学医学部腎・代謝内科学教授,総合医学研究所所長。ベルギー王室医学アカデミー会員。専門は腎臓代謝内科学,創薬,薬理学。2006年に糸川と新井がGLO1遺伝子フレームシフトの第一症例を発見したのを契機に,カルボニルストレス研究の第一人者である宮田を訪ね,ピリドキサミンを用いる治療法開発までの共同研究に結び付いた。