日経サイエンス  2017年11月号

特集:見えてきた記憶のメカニズム

記憶をつくり変える

井ノ口 馨(富山大学)

「1990年公開の『トータル・リコール』という有名なSF映画がある。人気俳優アーノルド・シュワルツネッガー演じる主人公は,ある組織から自分の過去について偽の記憶を脳内に植え付けられてしまう。このアイデアはもちろん1990年においてはまったくの虚構だった。それから四半世紀が過ぎた今,少なくともマウスの世界では夢物語でなくなっている」(本文より)

 

マウスを丸い形の部屋に入れ,その後,別の部屋で脚に電気ショックを与える。翌日,再び丸い部屋に入れられても,マウスは平気な顔をしている。ところが,それぞれの記憶を保持している脳細胞の集団を光ファイバーを使って同時に活性化すると,マウスは丸い部屋に入れられた途端,電気ショックを思い出してすくみ上がるようになる。別々だった2つの記憶がつながったのだ。だが脳細胞にある操作を施すと,2つの記憶は再び切り離された──。

 

私たちが記憶を関連づけるとき,脳の中で一体何が起きているのか。マウスの記憶を改変する実験に成功したした井ノ口馨・富山大学教授が,知られざる記憶の仕組みを解説する。

 

 

著者

井ノ口 馨(いのくち・かおる)

富山大学大学院医学薬学研究部(医学)教授。専門は分子脳科学。名古屋大学農学部を卒業後,同大学大学院農学研究科で博士号を1984年に取得。米コロンビア大学医学部,三菱化成生命科学研究所などを経て,2009年より現職。分子生物学・生化学から細胞生物学・組織化学・電気生理学・光遺伝学・行動薬理学までの幅広い手法を用いて,記憶形成メカニズムを研究している。

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

脳科学記憶ニューロン光遺伝学オプトジェネティクス