
今世紀初め,伊藤若冲の代表作『動植綵絵』の大規模な修理が行われ,その際に実施された調査によって,思いもかけない事実が明らかになった。うち1幅に,当時西欧から入ってきたばかりの世界初の人工顔料,プルシアンブルーが使われていたのだ。1766年に描かれたとみられる「群魚図」の中のルリハタの絵である。
日本の絵画にプルシアンブルーが用いられたのはそれまで,平賀源内が1770年代前半に描いた油彩「西洋婦人の図」が最初だと思われていた。源内と違って西洋の技法や素材にあまり縁のない若冲が5年以上も前に使っていたことは,驚きをもって受け止められた。
今回,化学者・田中陵二氏と画家・浅野信二氏の協力を得て,若冲が用いた「青」の再現を試みた。プルシアンブルーは18世紀初め,染料・顔料業者のディースバッハが赤い顔料を作ろうとして,材料の中に,錬金術師のディッペルから借りた動物の骨や血液が混ざったアルカリを投じたことで偶然生じたことがわかっている。当時の製法で動物の肉からプルシアンブルーを作り,ルリハタを描いてみた。
著者
古田彩(ふるた・あや) / 田中陵二(たなか・りょうじ) / 浅野信二(あさの・しんじ)
古田彩は日経サイエンス編集長。
田中陵二氏は群馬大学非常勤准教授。専門は物質科学。鉱物結晶の写真撮影でも知られ,その写真は国立科学博物館の「元素の不思議」展などで展示された。プルシアンブルーの合成を担当し,本稿を監修した。
浅野信二氏は画家。幻想的な作風を得意とし,用いる絵の具はすべて顔料をもとに自作している。絵画制作を担当した。
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