
貧しくて生活必需品を買えない青少年が世界で10億人もいるが,貧困が子供にかける重荷はそれだけではない。脳の発達が通常よりも遅れるリスクが高まる。交響曲を作曲したり微分方程式を解いたりといった知的偉業も成し遂げうる重さ1.4kgのこの驚異の器官が,順調には成長できなくなるのだ。
貧困のなかで暮らしている子供は恵まれた環境にいる子供に比べ,知能テストや文章読解その他のテストの成績が低い傾向にある。高校を卒業する率が低く,大学に進学して学位を得る者も少なく,成人後も貧しく職に就けない率が高い。こうした相関は以前から知られており,脳の発達の差はその背景にある多くの要因の1つにすぎない。だが,貧困が脳の成長に実際にどんな打撃を与えているかがおぼろげに見えてきたのは,ようやくここ10年のことだ。
著者の研究室を含む少数の研究グループは,家庭の「社会経済的地位(SES)」と子供の脳の健全性の関係を調べ始めている。社会経済的地位は収入と学歴,職業威信を測る指標だ。著者らは社会経済的地位の低さと子供の脳の大きさや形,実際の機能に見られる顕著な差が関連していることを見いだした。
貧困が脳の正常な発達を阻む可能性がわかったため,著者たちは貧困の辛苦を和らげる簡単な方法を提案した。計画しているのは,経済的に苦しい家庭への給付金交付が子供の健康に及ぼす影響を測る調査研究である。家庭の収入を少しでも増やすことが脳の健全な成長に寄与するかどうかを調べる初の研究となる。うまくいけば,基礎的な脳科学を新たな公共政策の策定に結びつける明確な道筋を提供できるだろう。(続く)
著者
Kimberly G. Noble
コロンビア大学ティーチャーズカレッジ(教育学部に相当)で神経科学と教育学の准教授を務めている。子供の認知機能と脳の成長に表れる社会経済的な格差を研究。
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「チャウシェスクの子どもたち 育児環境と発達障害」,C. A. ネルソン/N. A. フォックス/C. H. ジーナ,日経サイエンス2013年8月号。
原題名
Brain Trust(SCIENTIFIC AMERICAN March 2017)