日経サイエンス  2015年4月号

フロントランナー挑む 第48回

雲の動きを予測して天気予報を変える:佐藤正樹

安藤淳(日本経済新聞編集委員)

熱帯の積乱雲の不思議な振る舞い「マッデン・ジュリアン振動」を
再現する超精密なシミュレーションモデルを開発
これから発生する台風の予測を可能にした

 
赤道沿いの熱帯太平洋を,まるで生き物のように白く輝く雲の塊が動いていく――。気象衛星がとらえた実際の雲と見まがう迫力のある画像は,スーパーコンピューターによる計算で生み出されたものだ。過去の現象を再現するだけではなく,2週間以上先の雲の動きや台風の発生を予測できるところまで来た。佐藤正樹が心血を注いで開発した計算モデル「NICAM(非静力学正20面体格子大気モデル)」の実力は,世界の中でも際立つ。(文中敬称略)
 
 
「涙が出るほどびっくりした」。2007年5月,気象学会での講演直前に,本物とあまりにもよく似た熱帯の積乱雲の動きを初めて再現でき,感動したことは今でも忘れない。インド洋付近で発生し,熱帯太平洋の赤道付近を全体として東へ進みながら,その中では小さな雲の塊が逆に西へと動く現象も見えた。衛星観測では知られていた現象だが,シミュレーションに成功した例は世界でもなかった。
 
この積乱雲の不思議な振る舞いは「マッデン・ジュリアン振動(MJO)」と呼ばれ,ある周期をもって大気を伝わる波によって起きるが,多くの謎に包まれている。NICAMはその解明に威力を発揮すると期待されている。
 
日本から遠く離れた熱帯での出来事に夢中になったのには理由がある。それはMJOが日本だけでなく,中緯度
から,場合によっては高緯度までの極めて広い範囲の気象変化を左右する重要な現象だと考えられるからだ。
 
熱帯は地球上において,太陽から最も多くの熱を受ける。暖められた空気は軽いので大気の上層に運ばれ,より冷えた高緯度地方に向けて広がっていく。気温差は気圧の差を生み出す。地球の自転の効果も加わり,気象変化の原動力となる「大気の大循環」が引き起こされる。その過程で,熱帯の積乱雲の発達に伴う強い上昇気流や降水が大きな役割を果たすことがわかってきた。「熱帯の雲の動きこそ大循環のエンジンだ」。

 

 

再録:「挑む!科学を拓く28人」

 

佐藤正樹(さとう・まさき)
東京大学大気海洋研究所教授。 1963年,山口県下関市生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。埼玉工業大学助教授,英ケンブリッジ大学客員研究員などを経て1999年地球フロンティア研究システム研究員。2009年海洋研究開発機構チームリーダー,11年東京大学教授。07年度気象学会賞を富田浩文氏と受賞。オフにはラグビーのコーチや盆栽で気分転換する。

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