![]() Illustration by Edel Rodriguez |
私は多様性について講演するたびに,聴衆から同じ質問を受ける。「で,どうすればよいのか?」 学校も研究機関も企業も病院も法律事務所も,話を聞きに来た人たちはみな迷っているようだ。秘密の処方箋や絶対確実なチェックリストを欲しがっている。私が「以下の簡単な手順を実行すればダイバーシティーとインクルージョンが実現しますよ」と話すのを期待している。だから,まずお断りしておこう。人種や民族,社会経済的背景,性別が十分に多様な集団を確実に実現する簡単な方法は,存在しない。
職場や教室の環境をよりインクルーシブにしたいと多くの人と組織が願っているが,私の経験からいうと,少数のよくある誤解がその真摯な願いを邪魔している。第1の誤解は,多様性を高めるうえで,人それぞれを異なるものにしているのが何かを考える必要はないと思われていること。第2に,学校や職場の環境を全員が同じように感じているという思い込み。第3に,問題が生じた際,それは組織全体の問題,あるいは偏見を持った少数の人が原因なのだから,自分個人としてできることはあまりない(偏見を持っている人を特別に教育すればよい)と思われていることだ。
これらの広く見られる思い込みが誤りであることが研究によって示されている。こうした誤解のせいで,STEM(科学,技術,工学,数学を合わせた理工系)分野で身を立てていくには本人が有能で意欲があり,適切な道具立てを利用できさえすればよいという見当違いの考えがはびこっている。これがさらに,間違った結論を導く。科学の授業を取らない人や科学分野から去った人は,科学ができない,あるいは嫌いだからに違いない……。
幸い,率直になればこれらの思い込みは変えられる。そして,インクルーシブな環境を作るうえで,いくつかのアプローチがほかよりも有望と思われることが,実験社会心理学と組織社会学の研究から示された。新たな理解によって,よりインクルーシブな環境を実際に生み出した例もある。
カラーブラインドネスを捨てよ
人種や性別は問題でないという職場や教室が理想の世界かもしれない。だが現実世界では,他人と違っていることでいじめられることなく,積極的に支援される環境にいるほうが,人は生きやすい。
数年前,私は共同研究者とともに科学者と医師,看護師,介護士らで構成されるある医療機関を調べた。ここに勤務する人たちに,多様性を促進する組織的取り組みとして,人種・民族の違いを意識的に無視するのがよいと思うか,違いを積極的に認めるのがよいと思うかを尋ねた。そのうえで,白人以外の従業員が自分の仕事と職場についてどう感じているかを調べた。
この結果,人種・民族の違いを無視すべきだと白人従業員が考えている部署では,白人が人種・民族の違いをはっきり認めてそれらの人を支援している部署に比べ,白人以外の従業員が抱いている参加意識が低いことがわかった。これはその部署にいる非白人従業員の人数にはよらない。さらに,違いを見て見ぬふりをする“カラーブラインド”の部署では,それら社会的少数派の人たちが感じる差別感が強かった。違いを認める部署では,少数派が感じる偏見はより少ない。
いくつかの研究は無意識の偏見が働いている可能性を示している。例えば2004年,当時ダートマス大学にいたリチェソン(Jennifer A. Richeson,現在はノースウェスタン大学)らはこんな実験をした。約50人の白人大学生の半数に,人種を超えて融和するにはカラーブラインド政策がよいと論じた文章を,残り半数には人種的多様性を意図的に高めるのがよいと主張する文章を読ませた後,ある心理テストを課す。民族性をうかがわせる人名と,ある種の言葉を関連づけるスピードを測るテストだ。例えば「ジャマル」に「よい」,あるいは「ジョシュ」に「よい」を対応させるスピードと,「ジャマル」「悪い」,「ジョシュ」「悪い」を対応づけるスピードを比べる(訳注:ジャマルはアラブ系,ジョシュはユダヤ系の名前)。
偏見のまったくない人ならば,人種を示唆する名前の響きにかかわらず,どの単語の組も同じ速さで対応づけられるはずだ。これに対し「白人・好ましい」「黒人・好ましくない」の対応づけに要する時間が常に短い場合,白人を好ましいとみる無意識の偏見を示している。
実験の結果,どちらのグループも「白人・好ましい」の対応づけを最も速くこなしたが,多文化アプローチの文章を読んだグループはカラーブラインドを推す文章を読んだグループよりも,他の対応づけに要した時間との差が小さかった。このことからリチェソンは,カラーブラインド政策は無意識の偏見を抑えるのではなくむしろかき立て,人種間の緊張を高める逆効果になっている可能性があると結論づけた。より最近の研究では,人種の違いを意識的に無視する規定を設けると白人学生による差別的な言動が増え,おそらくそのために白人以外の学生が精神的に疲弊する傾向があることがわかった。
偏見が微妙な形で外に漏れ出すことが別の研究でも示されている。2002年のある研究では,質問票と反応時間テストを用いて白人学生の黒人に対する意識的・無意識的な態度を調べた後,次のような実験をした。これらの学生に,表面上は人種とは無関係なトピック(実験ではデートをテーマにした)について1人の黒人学生と話し合ってもらう。その後,この録音を別の学生たちに聞かせ,白人学生の口調からその友好度を評定してもらう。また,白人学生だけを撮影した無音のビデオも見せ,その身振りの様子から友好度を評定してもらった。
結果:口調から非友好的と評定された学生は偏見を調べた質問票テストの成績も悪く,ビデオの身振りから非友好的と判定された学生は無意識の偏見を調べた反応時間テストの成績が悪かった。つまり隠れた偏見であってもはっきり感じられることが多いのだ。
社会的少数派の人々もこれを感じ取るわけで,そのために気力がくじかれて特定の分野や会社から去ることになるのだろう。実際,大学での調査から,マイノリティーがSTEM分野の専攻を避けたり離脱したりするのは偏見や差別を感じたのが一因であることがうかがわれる。職場でも同様に,その組織の多様性受容度を従業員がどう感じているかが,マイノリティーの人々の離職率を予測する因子となっている。したがって,カラーブラインド政策を採用することは,生産的に仕事に加わり快い活動の場を求めたいという従業員の意欲を形成するのに役立つプロセスから組織の目をそらすことになる。
カラーブラインド政策を捨てれば万事うまくいくとは限らない。だが,人々をステレオタイプに分類するのではないやり方で違いを認めることが,多様性の達成に有効だと思われる。スティーブンズ(Nicole M. Stephens)らは近年,ノースウェスタン大学の学生を対象に次のような実験をした。学生たちに1年生だったときに経験した事柄について討論してもらい,これを新入生に聞かせる。新入生を2組に分け,一方には先輩たちが自身の社会経済的ステータスの違いに注目した討論を聞かせ(実験群),他方にはステータスの違いを無視した討論を聞いてもらう(対照群)。
討論を通じて先輩たちは新入生にアドバイスをするのだが,“違い”を語るグループは自らが経験した困難と克服法を自分の社会的階層とはっきり関連づける形で助言する。より重要な点は,そうした違いを欠乏のしるしとしてではなく,建設的なものとして強調することだ。
このたった1時間の介入の結果,両親が大学を卒業していない新入生と少なくとも一方の親が4年制大学を卒業している新入生の学業成績の差が,学期末には63%も縮まった。
帰属意識を高める
科学は科学であって,必要な勉強をして意欲さえあれば誰でもこの世界に加わることができると思いがちだが,実際はもっと複雑だ。マイノリティー出身の学生にとっては,科学に加わってそれを実行していくうえで帰属意識が重要な力となることが社会心理学の研究から示されている。
スタンフォード大学のウォルトン(Gregory M. Walton)とコーエン(Geoffrey L. Cohen)はこれを,ある“一流大学”の100人近い新入生を対象に行った実験で検証した(2011年のこの論文ではどの大学かを明示していない)。新入生に,上級生が自身の体験を綴った文章を読んでもらう。半数には,自分も1年生のときには対人関係の難しさを経験し,自分はこの学校に合っていないのではないかと不安に思ったものの,最終的には学校の一員であるという確信が育ったという体験を読ませる(実験群)。残りの半数には,社会的・政治的姿勢の変化とは無関係な体験談を読んでもらった(対照群)。
3年後に学生たちの成績を調べた。白人学生については実験群と対照群にほとんど差がなかったが,黒人学生に関しては対照群よりも実験群の学生の学業成績がかなりよかった。当初に白人学生との間に見られた平均点の差が半分に縮まっていた。もちろん,ウォルトンらも指摘しているように,あからさまに敵対的な環境ではこうした介入も無効だろう。
歴史的に黒人主体の大学のほうが黒人の理工系卒業生を数多く送り出してきたのは,帰属意識の醸成が非常に重要であることで説明がつくかもしれない。白人主体の学校や職場はインクルーシブで融和的な環境を作るのにかなり苦しんでいるが,それを行う方法はいろいろある。
例えばコンピューター科学の分野では,マイノリティーの若者たちにプログラム作成を教える非営利団体が全米各地にできている。コード2040,ヒドゥン・ジーニアス・プロジェクト,ブラック・ガールズ・コード,コード・ナウ,ガールズ・フー・コードなどだ。注目すべきことに,これらに共通するのは,価値ある技能を教えて進学や就職を後押しするだけでなく,帰属意識を強め,共同作業を奨励し,学生自身の生活と地域社会に関連したアプリケーションを重視していることだ。
部屋の内装までも関係する。2009年,私は共同研究者とともに,コンピューター科学の教室を模様替えすると女子学生の参加意識が高まることを確かめた。よくあるコンピューターオタクっぽいもの(スタートレックのポスターやジャンクフード,コーラの缶など)を,より普通のもの(風景のポスター,コーヒーのマグカップ,ミネラルウォーターのボトル)に変えただけで,女子学生の関心が男子学生と同じレベルに高まった。また別の研究では,科学の追究は1人で行うものではなく共同作業であることを強調すると,科学で身を立てようという意欲が女性にも強まることが示されている。
実践編
で,どうすればよい? 人々の違いを認め,みんな仲間だと感じられるようにすれば,科学の営みに加わり続けるようになるのだろうか? 組織社会学の研究は3番目の重要な要素を示唆している。多様性増進の取り組みを組織に組み入れる仕方だ。
ハーバード大学のドビン(Frank Dobbin)と現在はイスラエルのテルアビブ大学にいるカレフ(Alexandra Kalev)は,米国企業数百社の多様性増進の取り組みを過去30年にわたって解析し,多様性担当の責任者を置いている企業はマイノリティー出身の管理職が多いことを見いだした。フルタイムの多様性担当職員がいると,管理職に黒人男女が占める割合が5〜7年間で平均15%増える。同様に,多様性増進に責任を持って取り組む専門チームを組織した企業は,黒人とラテン系,アジア系の男女および白人女性の管理職がかなり増えている。
専任者や専門チームを持つ企業は他の支援プログラムの効果も高まっていた。マイノリティー出身者の孤立感を和らげる社員ネットワークや,マイノリティーの就業維持や人材開発に取り組む専門委員会などの試みだ。さらに,積極的にマイノリティーを雇用する採用プログラムも人材の多様性を増進することが,ドビンらの研究を含む複数の調査から示されている。
ただし,組織的な取り組みだけでうまくいくと思ったら大間違いだ。最後の死角として,この点について述べておきたい。ドビンやカレフ,その他の研究から,管理職に占める白人女性と黒人女性およびラテン系とアジア系の男女を増やすには,上司による一対一の個人指導が最も有効であることが示されている。そうした指導プログラムの導入後に管理職に占める比率が40%近く増えたグループの例もある。
同様に,科学教育における指導教官の重要性はいくら強調してもしすぎにはならない。学生は所属研究室の選択や卒業後の就職を考えるうえで,多くを指導教官に負っており,先に述べた帰属意識を高めるうえでも指導教官は大きな助けになるだろう。カリフォルニア大学バークレー校の社会心理学者で学務担当副学長を務めるスティール(Claude Steele)は黒人だが,かつてオハイオ州立大学の博士課程に在学していたころに白人の指導教官から受けた親身な扱いを著書「Whistling Vivaldi」で詳しく述べている。
よそよそしく感じられる大学のなかにあって,この先生は彼を1人の科学者として扱い,彼に自分も大学の一員であることを実感させてくれたという。「先生は私を相応のパートナーとして信頼して下さった。私のことを有能な共同研究者である,あるいは少なくともそうなる可能性があると,なぜか認めて下さった。私の人種と階級は先生の判断の妨げにはならなかった」。
注目すべきことに,責任者の配置と的を絞った採用,個人指導は,社員教育や多様性の達成度評価といったよくある試みよりも効果的だと考えられることが研究から示されている。ドビンとカレフらはその理由を,こうした取り組みによって管理職が単に責任を負うというのではなく,多様性に関する問題の特定とその解決にあたるようになるからだとみている。
これらのプログラムだけでは大きな変化は生じないだろうが,単なる象徴的取り組みに成り下がらない限り,多様性の増進に寄与はする。従業員は多様性を“勝ち取る”ための責任と組織的な権限を与えられねばならない。理工系分野を専攻するマイノリティー出身学生を増やして育成する総合的取り組みの好例にメリーランド大学ボルチモアカウンティ校の「マイヤーホフ・スカラーズ・プログラム」がある。14のサブプログラムからなり,特にアフリカ系米国人学生の理工系学位取得者を増やすのに成功している。
もう一例は最近に組織された「カリフォルニア大学院教育・教授職アライアンス」(カリフォルニア大学バークレー校と同ロサンゼルス校,スタンフォード大学,カリフォルニア工科大学の共同事業)で,学術分野でのマイノリティー支援を目指している。この試みは社会科学の研究から生まれた原理に基づいているうえ,異なる取り組みの有効性を解析する計画だ(このような“実世界”のデータはまだ少ない。研究結果を集約した中央データベースや,産業界と大学など異なるグループが情報交換してどの取り組みが最善かを探る仕組みもまだない)。
研究機関と科学分野以外の組織がともに結果を出すには,多様性がどのように機能しているのかについてもっと深く理解することが必要だ。いくら真摯な目標を掲げても,単に多様性に気を配るだけでは不十分だ。多様性を望む気持ちを行動に変えて結果を出すための簡単で完璧な処方箋はないが,きちんとアウトリーチを続けて帰属意識を醸成し,多様性に目を配って責任を持つ人間を置いた組織は,多様な人材を引き寄せて維持できるだろう。(編集部 訳)
著者
Victoria Plaut
社会心理学者。カリフォルニア大学バークレー校で法学と社会科学の教授を務めている。
原題名
Inviting Everyone In(SCIENTIFIC AMERICAN October 2014)