
現代人は,かつての人類に比べて,生殖年齢を終えるまで生き延びる確率が劇的に高まっている。農耕によって飢える心配が減り,医学の進歩で致命的な感染症を克服し,捕食者に食われる心配もなく,さまざまな自然の脅威から身を守れるようになった。そうして自然をコントロールする力を得て自然選択を免れたため,人類の進化は終わったと主張する人々もいる。
だが,その見方は正しくない。我々はつい最近も進化している。チンパンジーとの共通先祖から分かれて以降,世界人口は1000倍以上に激増した。大集団では,新たに生じた有利な遺伝子変異が,どこかで次代に受け継がれる可能性が高くなる。従って急速な自然選択が引き起こされる。
実際,大人になってもミルク中の乳糖を分解する酵素を作れる乳糖耐性や,東アジア人の多くが持つ真っすぐな黒い髪,ソロモン諸島の人々に見られる黒い肌に金髪という組み合わせ,ヨーロッパ人に多い明るい肌の色などは,いずれもここ3万年の間に起きた遺伝子変異によってもたらされた。3000年以上前にアフリカとインドで起きた赤血球の遺伝子変異は,赤血球を鎌のように尖った形にし,結果的にマラリア原虫の感染を防いでいる。
今後も人類が進化し続けるのは間違いない。未来の人類は遺伝子の混合が進んで,一様な見かけに収斂していくのだろうか? おそらくそうではない。未来の人類は,私たちの進化の歴史を反映したモザイクになるだろう。
※お詫びと訂正:108ページの囲み「大人になっても牛乳が飲めるわけ」右段6行目の「乳頭耐性」は,正しくは「乳糖耐性」でした。
再録:別冊日経サイエンス219 「人類への道 知と社会性の進化」
著者
John Hawks
ウィスコンシン大学マディソン校の人類学者で,専門は人類進化。
原題名
Still Evolving (After All These Years)(SCIENTIFIC AMERICAN September 2014)