
ドイツのライプチヒにある心理学研究施設で,2人の幼児が手の届かないところにある板に載せられたお菓子のグミベアを見つめている。このお菓子を手に入れるには,2人がそれぞれロープの端をつかんで引っ張り,板を引き寄せねばならない。1人だけで引っ張るとロープははずれ,2人とも何も得られない。
そこから数km離れたライプチヒ動物園の「ポンゴ・ランド」では,透明アクリル板の囲いのなかで同じ実験が行われている。ただし対象は幼児ではなく2頭のチンパンジーだ。うまくできたら,2頭はそれぞれおいしい果物を手に入れられる。
研究者たちはこれらの実験によって,「ヒトという生物種がここまで成功したのはなぜか」という長年の謎を解こうとしている。ヒト(Homo sapiens)とチンパンジー(Pan troglodytes)はゲノムの99%が共通だ。ではなぜ,人間は地球の隅々にまで居住範囲を広げ,エッフェル塔やジャンボジェット機,さらには水爆を作り出すことができたのか? そして一方のチンパンジーはなぜ,依然として熱帯アフリカの深い森のなかで食物をあさっているのか? チンパンジーの暮らしは,人類がこの霊長類との共通祖先から分岐した約700万年前と同じだ。
数十万年から数百万年に及ぶ進化の時間スケールで起こった出来事はみなそうだが,実際に何が起きたかについて科学者の意見が1つにまとまることは決してないかもしれない。かつては,人間だけが道具を作って使い,数やその他の表象を用いて推論ができるのだとみられていた。だが,ヒト以外の霊長類の能力に関する理解が深まるにつれ,この見方は覆った。適切に教えてやれば,チンパンジーも足し算ができ,パソコンを操作でき,くわえたタバコに火をつけられる。
人間とチンパンジーの行動がなぜ異なり,どれだけ違うのかという疑問は現在もなお議論の的だ。だが,マックス・プランク進化人類学研究所の支援のもとライプチヒで行われている上述の実験などによって,実に興味深い可能性が明らかになった。人間の認知機構が持つ,おそらく独特だが見逃されやすい側面が特定されたのだ。(続く)
再録:別冊日経サイエンス259『新版 認知科学で探る心の成長と発達』
再録:別冊日経サイエンス219 「人類への道 知と社会性の進化」
原題名
The “It” Factor(SCIENTIFIC AMERICAN September 2014)
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