日経サイエンス  2014年9月号

特集:記憶の謎に迫る

編集部

 何十年も前のある日の出来事を,まるで昨日のことのように隅々まではっきり思い出すことができる。その日の朝食のメニューも,テレビに流れていたニュースも,窓の外の天気も──。「超記憶の人々」(36ページ)は,そんな並外れた記憶力を持つ1人の女性と出会った脳科学者たちが,ほかに同様の記憶力を持つ人を探し出し,その驚くべき記憶力の実態を確かめていく過程を描く。特別な日ではない,ごく普通のどんな日の記憶でも難なく呼び起こせる彼らの脳は,私たちの脳と一体どこが違うのだろうか? それを調べることで,記憶の仕組みの深淵を探ることができるかもしれない。

 
 何でも記憶できるのは一見素晴らしく見えるが,忘れることができずに苦しむ人もいる。戦争経験者などに見られる心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者は,例えば爆発音がすると戦時の記憶がリアルに蘇り,恐怖にかられる。ある出来事の記憶を別の出来事と区別する「パターン分離」が難しくなっているのだ。こうした記憶の差違を整理するのに,脳内で新たに生じるニューロンがかかわっていることがわかってきた。「記憶を調整する新生ニューロン」(42ページ)は,新生ニューロンの意外な働きを解き明かす。

 

 犯罪捜査においては,まさに記憶がカギを握る。犯人しか知らないはずのことを記憶している人物が犯人だ。記憶は外からは見えないが,記憶しているという事実を脳波から調べることのできる技術がある。「脳指紋」と呼ばれるもので,犯行にかかわる写真などを見た時に誘発される特徴的な脳波を検出する。「脳指紋は語る」(48ページ)では,記者が実際に脳指紋を「取られてみた」。その体験と,犯罪捜査における可能性を語る。

 

 「記憶」にまつわる最近の研究トピックスが,読者の記憶に残ることができたら幸いである。

 

超記憶の人々  J. L. マッガウ/ A. ルポート

記憶を調整する新生ニューロン  M. A. キアベック/R. ヘン

脳指紋は語る  中島林彦/協力:柿木隆介/平 伸二
 
 
再録:別冊日経サイエンス207「心を探る 記憶と知覚の脳科学」

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