日経サイエンス  2014年4月号

特集:標準モデルのほころび

陽子のサイズが何かおかしい

J. C. ベルナウアー(マサチューセッツ工科大学) R. ポール(独マックス・プランク量子光学研究所)

 陽子のことなんてすべてわかっているとあなたが思っていても無理はない。何といっても,陽子は私たちが観測できる宇宙に存在する物質の主要構成要素であり,星内部の核融合炉の燃料だ。陽子は正の電荷を持っており,負の電荷を持つ電子と結びついて水素原子を作る。その陽子にまつわる研究は1世紀前の量子力学革命の契機となった。今日では,超高エネルギーの陽子どうしを衝突させる実験によって,ヒッグス粒子を発見するなどしている。
 だが,そんな陽子そのものに関する最近の研究結果は驚くべきものだった。私たち2人(ベルナウアーとポール)は,それぞれの同僚とともに異なる実験を行い,陽子の半径をこれまでで最も精密に測定した。実験を始めた時,私たちの実験はそれまでに知られていた陽子の半径の精度をさらに高めるくらいのものだろうと思っていた。しかし,その考えは間違っていた。私たちの2つの測定結果には大きな隔たりがあった。その差は,それぞれの実験における不確かさの5倍以上もあった。この差が偶然生じる確率は100万分の1以下だ。
 明らかに何かが間違っている。私たちが陽子を完全には理解していないか,陽子の精密測定に関わる物理を理解していないかのいずれかだ。私たちがなにげなく宇宙に手を伸ばしてつかんだのは,普通ではないものだった。これは,何か新たな事実を理解する大きなチャンスだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス203「ヒッグスを超えて ポスト標準理論の素粒子物理学」

著者

Jan C. Bernauer / Randolf Pohl

ベルナウアーはマサチューセッツ工科大学原子核科学研究所に所属する原子核物理学分野のポスドク研究員。

ポールはドイツのガルヒンクにあるマックス・プランク量子光学研究所で,水素原子や水素に似たエキゾチックな原子のレーザー分光学の研究を行っている。

原題名

The Proton Radius Problem(SCIENTIFIC AMERICAN February 2014)

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