「熱力学」はどこまで世界を語れるか
時とともに変化する現象,ゆらぎに秘められた不思議な対称性
生物のメカニズムや生死──非平衡熱力学の可能性を探る
筒に入った気体を,温めたり冷やしたり,ピストンで押し縮めたり膨らませたり……何の意味があるんだ? 高校の物理で「熱」の話に面食らった人も少なくないはず。温度や圧力,体積など熱にかかわるマクロな現象を調べる「熱力学」。19世紀半ばに構築され,量子や素粒子などミクロ流行りの物理の中で「古めかしい分野」とされてきたが,今,最前線に跳び出した。
主たる舞台は時間の流れとともに物が流れその状態が変化し続ける「非平衡系」の世界だ。その一翼を担う京都大学教授の佐々真一はこう言う。「身近な測れる量だけを基本に,抽象の極みまで走るという学問はそうない。温度や熱量などマクロな世界で閉じた形で世界を理解しようとする熱力学は,奇跡的存在です」。
佐々が熱力学にハマったのは京都大学理学部の学生だった時だ。入学時の山口昌哉学部長の「好きなように勉強して下さい」の言葉の通り,講義には出ず,自分で勉強し試験だけを受けた。熱力学の論理が納得できず考え続けたら,途中で一歩も進まなくなった。試験範囲まで行き着かず,試験場で答案を書く鉛筆は止まったまま。卒業までその単位は取らなかった。佐々は今,まさにその分野を教え,研究している。
佐々真一(ささ・しんいち)京都大学理学研究科教授。1964 年徳島県生まれ。86年京都大学理学部卒業。91年同大学院理学研究科博士後期課程を修了,京都大学理学部助手となる。 94 年東京大学大学院総合文化研究科助教授,09年同教授。2012年から現職。