
先週は持っていたが,今は捨ててしまって手元にない装置。そんな装置を使って,ここにある光子を操作することが可能だろうか? そんなことはできるはずがない,と思うかもしれない。だが量子テレポーテーションを使えば実現できる。
量子テレポーテーションは,量子もつれになった光子どうしの物理量が連動する性質を利用して,ある光子の物理量を別の光子に転送するプロセスだ。それは通常,量子的な状態が空間を越えて伝わるかのように説明されるが,もっとうまい説明がある。送信者と受信者が1個ずつ持っている量子もつれ光子ペアがそれぞれ時間を遡り,過去をやり直すという見方だ。
転送する光子と,送信者の量子もつれ光子を「ベル測定」と呼ばれる方法で一緒に測定する。すると量子もつれ光子が転送する光子の物理量を取りこみ,過去を遡る。やがて光子の発生段階に至ると,同じ物理量を持った量子もつれ光子のもう一方が発生し,過去をやり直して,現在の受信者に到達する。この見方なら,過去に持っていた装置で,受信者の光子を操作することも可能になる。
にわかには信じられないかもしれないが,弱測定の方法を使うと,量子テレポーテーションした光子の過去を測定できる。光子の過去を問うことは可能なのだ。
著者
井元信之(いもと・のぶゆき)
大阪大学大学院基礎工学研究科教授。専門は量子エレクトロニクスで,量子情報科学の草分けの1人。理学と工学,理論と実験の「両方やるのが面白い」。その言葉通り,量子力学の基本問題から量子情報技術の実験まで手がける。ピアノと作曲は玄人はだしで,記事の冒頭で触れたハイゼンベルクの逸話は他人ごとではなさそうだ。