日経サイエンス  2013年10月号

フロントランナー 挑む 第31回

ノイズが開くおもちゃ箱を探る:大平徹

古田彩(編集部)

システムに生じるノイズは単なる邪魔者ではない
生物の身体の制御やある種の作業効率の向上など
ノイズが作り出す面白い現象を追いかける

 

 

 大平徹は,高校で数Ⅲを取らなかった。大学では歴史を勉強するつもりだったからだ。「腕試しに受けてみた」奨学金の試験に「たまたま合格」し,日本の高校から米ニューヨーク州にあるリベラル・アーツ・カレッジ,ハミルトン大学の文学部に進んだ。だが2年生の時に物理の授業を取ったことが,その後の人生を変えた。

(文中敬称略)

 

 物理が面白くなって理学部に転じた大平は,卒業研究で測定の際に生じる誤差と擾乱の不確定性関係を研究した。論文はAmerican Journal of Physics誌に掲載され,この分野の研究の草分けの1つとなった。後に名古屋大学教授の小澤正直の不確定性原理に関する一連の論文の中で引用されることになる。
 卒業後は英ケンブリッジ大学に進んだが肌が合わず,半年で米国に戻ってシカゴ大学大学院に進学。修士を終えたところで帰国して富士ゼロックスに入社したが1年で退社し,シカゴ大学の博士課程に舞い戻った。そこで脳神経科学者のミルトン(John Milton)と出会い,本業のニューラルネット理論の研究の傍ら,生体がバランスを取る仕組みについて今も続く共同研究を始めた。
 博士課程を終えるとソニーコンピュータサイエンス研究所に入社。東京大学で工学部の学生に数学を教え,理化学研究所脳科学総合研究センターと共同研究しつつ,学生たちと一緒に研究に取り組んだ。2010年,追う者と追われる者の群れの動きを表す数理モデルを構築。Nature 誌のニュース欄で取り上げられた。
 そして昨年,ソニーから名古屋大学の教授に転じた。

 

 

ノイズを入れると効率が上がる

 

 「あっちに行ったりこっちに行ったり,迷いの多い人生です」と大平は笑う。だが,一見あれこれと雑多に手を出しているようでいて,彼の研究には共通する動機がある。それは「システムに生じる遅れやノイズがシステムにどんな振る舞いをもたらすかを知りたい」という興味である。

 

 

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

大平 徹(おおひら・とおる)
1963年東京都生まれ。1986年米ハミルトン・カレッジ卒業,89年シカゴ大学大学院物理学専攻修士課程修了,富士ゼロックスを経て93年シカゴ大学大学院物理学専攻博士課程修了,Ph. D. 取得。同年ソニーコンピュータサイエンス研究所入社。98 ~ 2012年に東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻非常勤講師,98 ~ 2006年に理化学研究所脳科学総合研究センター客員研究員を兼務。2008 ~ 11年の毎年夏期に米クレアモント・カレッジズ客員教授。2012年4月から現職。

サイト内の関連記事を読む