日経サイエンス  2013年7月号

フロントランナー 挑む 第28回

不老不死のクラゲを育てる:久保田 信

中島林彦(編集部)

年を取ったり傷を負ったりすると若返りが始まり,再び赤ちゃんに戻る
そんな不老不死のクラゲの秘密を解き明かせば
将来,人間も不老不死を獲得できるかもしれない

 

 

 紀伊半島南西にある和歌山県田辺湾は海洋生物の宝庫だ。温帯性の生き物に加えて,黒潮が亜熱帯さらには熱帯の生物を運んでくる。この湾口の南端に緑に包まれた小高い番所崎があり,その麓に京都大学の臨海実験所がある。分類学者の久保田信はここで20年以上毎日,海辺を歩いて漂着生物などを調べ,クラゲ,それも不老不死のクラゲの研究に熱中している。(文中敬称略)

 

 不老不死クラゲの名前はベニクラゲ。体長わずか数mm,半透明の白い身体で,傘の中心部が紅色に染まっていることからこの名が付いた。多細胞生物の中で現在,不老不死が確認されているのはベニクラゲとヤワラクラゲで,後者の不老不死性は久保田が発見した。

 久保田の生活はベニクラゲとともにある。朝,海を望む研究室に着くと,ベニクラゲや,クラゲに成長する前のポリプを育てているシャーレを冷蔵庫から取り出し,顕微鏡で健康状態を観察する。現在,シャーレの中で暮らしているベニクラゲ(今の季節はポリプ)は福島と,臨海実験所近く,沖縄,イタリアで採集された4種類。彼らが元気であることを確認すると,けし粒より小さな甲殻類の孵化したばかりの幼生をエサとして与える。1mmにも満たない小さな個体には,顕微鏡で見ながらエサとなる幼生を針でちぎって与える。水の取り替えもきめ細かく行う。
 1年365日そうした作業を続ける。海外出張の際も保冷したシャーレを機内に持ち込み,ホテルで作業をする。ベニクラゲたちは南アフリカや中国,イタリアなど,久保田とともに世界を旅行している。

 

 

再録:別冊日経サイエンス192 「不思議の海」

再録:「フロントランナー 挑戦する科学者」

久保田信(くぼた・しん)
京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所准教授。1952年愛媛県生まれ。75年愛媛大学理学部を卒業し北海道大学大学院へ。81年同大学院博士課程を修了し,翌82年同大学理学部助手に。92年京都大学助教授として同大学理 学部附属瀬戸臨海実験所(現在のフィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所)に赴任。2007年から現職。『南紀白浜磯釣り殺人事件』(田中光二)の登場人物のモデルでもある。一般向け著書に『宝の海から 白浜で出会った生き物たち』 (紀伊民報),『神秘のベニクラゲと海洋生物の歌 “ 不老不死の夢を歌う”』(紀伊民報)など。自ら作詞して歌っている『ベニクラゲ音頭』『エディアカラのクリーチャー』などのCDやDVDも出ている。作品の一部は久保田氏の個人サイト(www.benikurage.com/)やYouTubeで視聴できる。