日経サイエンス  2013年4月号

特集:首都直下地震

活動期はいつ始まるのか

中島林彦(編集部) 協力:石辺岳男(東京大学地震研究所) 藤原 治(産業技術総合研究所) 金子浩之(伊東市教育委員会)

 幕末の1855年(安政2年),江戸は大事件もなく秋が深まろうとしていた。その2年前,相模国(現在の神奈川県)小田原では地震で約1000軒が潰れ,1年前には東海から四国の沖合で大地震が立て続けに起き大津波でそれぞれ数千人の死者が出たのに対し,江戸の大地は約150年間ほぼ静穏だった。
 だが平安な時代は突如終わりを迎えた。同年11月11日深夜,江戸直下の断層が動き,人々は激しい揺れに跳び起きた。庶民の家々はもちろん大名屋敷も潰れ,各地で火の手が上がった。幸い風があまり吹いていなかったので大きな延焼はなかったが,それでも被害家屋約1万4000軒,死者約1万人に達したとみられる。これを安政江戸地震という。
 それから約150年,巨大な首都圏へと変貌したこの地で,安政江戸地震の再来が懸念されている。首都圏北方で東日本大震災が起き,西方では近い将来,東南海地震や南海地震などの発生が予想されるなど,周辺地域も150年前を想起させる状況になっている。
 首都圏最大の地震は大正関東地震(関東大震災)のようなマグニチュード(M)8級。政府の地震調査委員会によると,M8級が30年以内に再来する確率は最大2%と低いが,安政江戸地震のようなM7級の発生確率は約70%と高い(Mの値が1小さいと地震のエネルギーは約1/30になる)。

 ここ数年で,首都圏の地震活動についてかなり研究が進展したので,将来的には発生確率が見直される可能性がある。1つは地震調査委員会の発生確率の算定ベースとなっている明治以降に首都圏で起きたM7級の発生メカニズムがほぼ解明されたこと。もう1つはM7級の地震活動と密接なつながりがあるとみられる大正関東地震のようなM8級の再来間隔について重要な情報が得られたことだ。
 従来説では首都圏のM8級の再来間隔は推定200〜400年で2倍の幅があるが,ここ約1000年は200年間隔で起きている可能性が高いことがわかった。また首都圏のM8級はかなりの場合,西日本沖合で起こるM8級と連動し,東北沖での巨大地震と関係している可能性もある。現在の首都圏はM8級をピークとする200年の地震活動サイクルの半ばなので,当面注意すべきはM8級の前にいくつか起きるM7級の直下地震。ただM7級であっても,安政江戸地震のように西日本の大地震と連動する恐れがある。

 

 

再録:別冊日経サイエンス217 「大地震と大噴火 日本列島の地下を探る」

 

著者

中島林彦 / 協力:石辺岳男 / 藤原 治 / 金子浩之

中島は日経サイエンス編集長。石辺は東京大学地震研究所地震火山情報センター特任研究員。同研究所の島崎邦彦教授(現・原子力規制委員会委員長代理),佐竹健治教授らとともに首都直下地震防災・減災特別プロジェクトで地震活動や歴史地震の調査研究に取り組む。藤原は産業技術総合研究所の活断層・地震研究センター主任研究員。津波堆積物などの調査研究から海溝型地震の活動を探っている。金子は伊東市教育委員会生涯学習課市史編さん担当主査。伊東市宇佐美地区の発掘現場で津波堆積物を発見,その由来などを研究している。

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