
培養皿の中でES細胞の塊を試験管の中で培養するだけで、その細胞から神経上皮の層ができ、中空の球になる。さらに培養を続けると、そこからプクリと風船のような構造が飛び出し、先端が凹んで「眼杯」と呼ばれる形になる。やがてその内側には、新生児が持つ6種類の細胞すべてを備えた網膜ができあがる──。
生物の器官の中でも複雑さ精緻さで際立っているのが眼,とりわけ網膜だ。デジタルカメラのCCDチップをはるかに凌ぐ精妙な構造がどのように形成されるのか,長年の研究でメカニズムが徐々にわかってきた。特に,網膜形成の初期段階で,近くの組織からの外圧が必要かどうかは1世紀にわたる疑問だったが,その謎が解けた。著者の研究チームがマウスとヒトの幹細胞から,立体的な網膜の構造をつくり出すことに成功したからだ。細胞が凝集した塊は,著者らの目前で,文字通り「目の玉が飛び出す」ような驚くべき変容を遂げた。眼の発生原理の理解が深まるだけでなく,眼の難病の治療につながる成果だ。その研究のエッセンスを紹介する。
著者
笹井芳樹(ささい・よしき)
神戸の理化学研究所発生・再生科学総合研究センター器官発生研究グループ・ディレクター。1986年に京都大学医学部を卒業して医師となり,その後,同大学院にて分子神経生物学の博士号を取得した。脳や網膜の発生原理の研究で知られる。
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原題名
Grow Your Own Eye(SCIENTIFIC AMERICAN November 2012)
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